ブログアンテナ 2021/04/14 03:05 RSS

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最新記事100 / 登録サイト一覧(更新順)サイトごとの最新記事

  1. めぐる めぐる | ことば こころのはな | 2021/04/13 13:12
    雨が降ったりやんだり 寒かったり、ちょっと陽が出て暖かかったり、生暖かかったり ...
  2. 仏青キャンドルナイトin 2021 | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/04/13 10:28
    4月6日(火)天候雨 難波別院屋外にて各自、残ロウソクを持ち寄り、新たにキャンドルを試作しました。 以前から法要などで大量に余る残ロウを再利用できればと話題に挙がっていました。今回は自坊で残ロウ再利用に取り組...
  3. 給湯器を交換して頂きました | 小丘山定願寺 〜けれど空は青〜 | 2021/04/12 22:41
    先日のことですが、本堂後堂にある給湯設備及び書院台所の給湯設備を交換して頂きました。 4月中旬に書院・台所の空調設備と本堂内陣の一部と外陣の照明をLEDに交換する予定です。
  4. スマホ | 気ままな日記 | 2021/04/12 22:35
    今日は毎時間のように、 こんなメッセージが表示されます。 なんなんでしょうか? スマホのカレンダーに出ているようですが 設定した覚えはありませんし、 誰かに見られているようでもありません。 これをクリックするほうが 大変なことになるのでしょうね。 怖い世の中です。 [画像]
  5. 間違ったおかげで見れた光景 | 住職雑記 | 2021/04/11 23:00
    入間霊園へ車で納骨に向かう。事前に調べたところでは、圏央道を降りて5分くらいとの...
  6. ぬいぐるみ | 気ままな日記 | 2021/04/11 22:22
    今日はとあるところにお参りに行くと 手作りのぬいぐるみをいただきました。 さて。これはなんでしょう??? 答えは「アマビエ」です。 疫病退散の妖怪ですが、 コロナ渦な中を少しでも元気に 打ち勝って生きたいという強い思いが 込められているようで、 非常に嬉しく思いました。 本堂に飾っています。 ありがとうございました。 [画像]
  7. 言の葉を綴るということは、その背景にある想いがあるということ | ことば こころのはな | 2021/04/11 21:25
    ホームドラマの第一人者、橋田寿賀子さんは代表作の「おしん」(1983~84年)...
  8. バンテリンドームナゴヤ | お気楽極楽日記 | 2021/04/11 19:58
     今日のデーゲームで、ドラゴンズはようやくチーム2号のホームランが出て、なんとかスワローズに勝利しました。こういう勝ち試合ならよかったのですが、昨日の負けに等しい引き分け試合をボクは観に行っていました。しかも、フィールドシートというすごくいい席で…。ドアラがこんなに間近に見ることができました。根尾選手には期待しているのですが、なかなか結果が伴いませんね~荒木コーチと福留。ドラゴンズ黄金期を作った二人。強いドラゴンズを見たいな~
  9. 八王子花まつりリスタート | 住職雑記 | 2021/04/10 23:00
    八王子市仏教会花まつり。以前は市内の宴会場で法要とともに100円カレーを提供して...
  10. たずね続ける歩み | ことば こころのはな | 2021/04/10 21:31
     人間は運がいいときには「先手を取り」、運が悪くなると「後手に回る」というもの...
  11. さくら | 気ままな日記 | 2021/04/10 12:30
    今日はお参り中に見かけた桜。 ちょうどお日さんの方向が悪くて せっかくの花が暗くなってしまいましたが 実際にはもっと明るくて綺麗でした。 お花を見ると心がホットしますね。 [画像]
  12. 鴻雁北ー清明第二候 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/04/10 09:28
    <p>気候や年中行事を話題にすることが目にするものでは減っている。</p> <p>TVを付けるとコロナと遠いところの話ばかり。</p> <p>四月八日の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%DF%C3%C2%B2%F1">降誕会</a>さえ、話題になった様子がない。</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%DF%C3%C2%B2%F1">降誕会</a>には「無憂華」。</p> <p>今日は七十二候の「鴻雁北」だそうだ。</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%F3%BD%BD%BB%CD%C0%E1%B5%A4">二十四節気</a>では、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%B6%CC%C0">清明</a>」。</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%C0%CD%DB%CE%F1">太陽暦</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%F3%BD%BD%BB%CD%C0%E1%B5%A4">二十四節気</a>と、七十二候の、気・候から「気候」というのだそうだ。</p> <p>じっくり、今まではぐくんでくれた季節と語らおう、と「北帰行」の朝、思った。</p> <p>ブログを書いて、FB・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C4%A5%A4%A5%C3%A5%BF%A1%BC">ツイッター</a>に投稿していたが、どうもせかされているようだし</p> <p>FB世界とやっていることが違うので、そちらへは時折ということにしておこう。</p> <p> <strong>『無憂華』について</strong></p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2020%2F08%2F22%2F221550" title="同朋会推進員研修 令和2年度第二回 8月20日 法語12ヶ月、眞宗句を詠んだ俳人 - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2020/08/22/221550">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> <strong>9日の花、10日の花</strong></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210410/20210410103704.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210410103704j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p> 10日</p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210410/20210410103637.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210410103637j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>9日</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="10日"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210410/20210410103741.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210410103741j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">10日</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="9日"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210410/20210410103817.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210410103817j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">9日</figcaption> </figure> <p><br /><br /> </p>
  13. 双眼鏡を買った | 住職雑記 | 2021/04/09 23:00
    この冬から、朝の犬の散歩で墓地の最上段に上がっている。高尾山方面の広い範囲が望め...
  14. 自立とは、「助けてください」と言えること。自分一人で生きていると思っているのは、自立ではなく孤立 | ことば こころのはな | 2021/04/09 21:01
    「自立が当たり前といわれている社会で、本当は人は依存しながら生きている。言葉でい...
  15. ネコ | 気ままな日記 | 2021/04/09 18:21
    今日はとあるところにお参りに行き バイクへ戻ってくると シートの上にネコがたたずんでいました。 ちょうどシートの上が程よく温かいので 居心地が良いのだろうと思いましたが 私が近づいて行くと 一目散に逃げて行きました。 [画像]
  16. 夢のような夢 | 住職雑記 | 2021/04/08 23:00
    一昨日の朝、境内の竹林で筍を一本発見。昨日の朝、筍数本発見。一日で10cm以上も...
  17. 釈尊降誕会 | ことば こころのはな | 2021/04/08 16:25
    釈尊降誕会 表白  春の野のうるわしき花々を 清きおもいに あつめきて み仏さ...
  18. はな | 気ままな日記 | 2021/04/08 15:53
    今日はお花 境内ではこんなお花が満開になっています。 どうぞどうぞ 見てあげて下さい。 [画像]
  19. 大雪の後始末 | お寺の生活 | 2021/04/08 09:27
    毎年、年に数回庭木の手入れや掃除で伐採した枝や木などを大量に処分するのですが、今年は大雪でいつも以上に被害があり、庭木や竹などが大量に折れ山になっていたので、空いた時間にいつものようにダンプをレンタルして住職と2人で始末しました。画像は作業を始めた直後のも...
  20. 15の夜 | ことば こころのはな | 2021/04/07 21:21
    娘の中学校入学式 保護者は生徒ひとりに1名のみなので、妻が出席(私は仕事) 入学...
  21. 青青 | 気ままな日記 | 2021/04/07 20:50
    今日は梅の木を。 一ヶ月前はまだ花びらが残っていましたが もう、青々と葉っぱが生い茂っています。 自然の力はすばらしい。。。 [画像]
  22. 4月8日の「パソコン相談室」はお休みさせて頂きます | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/04/07 18:47
    大阪府新型コロナ警戒信号:赤色点灯に伴い、明日、4月8日(木)の「パソコン相談室」はお休みとさせて頂きます。 「パソコン相談室」はありませんが、実行委員でWeb会議なども実験しています。 メールなどで対応出来...
  23. 五十年一日 | 住職雑記 | 2021/04/07 17:58
    なるべくなら地元のリアル書店を使いたい。しかし、店に在庫がない時の対応の悪さが不...
  24. まん延防止等重点措置期間中の法務活動について | 小丘山定願寺 〜けれど空は青〜 | 2021/04/07 13:53
    定願寺の住職です。昨日今日で法務についてのご質問を頂いていますので、まん延防止等重点措置期間中の法務活動の方針をご連絡させて頂きます。 皆様もご存じの通りまん延防止等重点措置が4月5日より5月5日で適用されました。 そん … <a href="http://xn--mbtqiv96n.com/2021/04/07/%e3%81%be%e3%82%93%e5%bb%b6%e9%98%b2%e6%ad%a2%e7%ad%89%e9%87%8d%e7%82%b9%e6%8e%aa%e7%bd%ae%e6%9c%9f%e9%96%93%e4%b8%ad%e3%81%ae%e6%b3%95%e5%8b%99%e6%b4%bb%e5%8b%95%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/">続きを読む <span class="meta-nav">→</span></a>
  25. 『伝説とロマンの里』POD版の写真 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/04/07 06:01
    <p>2012年版(元の本)では、254枚の写真を使った。</p> <p>今回のPOD版はそのままスキャナー本ではないというので、訂正しようと思えば訂正出来る。</p> <p>10年前とは明らかに様相が変わったもの何点かを差し替えたり追加した。</p> <p><strong>第4章21 引砂のさんにょもん</strong></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407043344.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407043344j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>春浅い引砂の海岸を歩く<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%EF%C5%C4%C9%D9%BB%CE%C3%CB">常田富士男</a>さんと増林千晶(アナウンサー)さん:2013年(平成25年)第4章21引砂のさんにょもん</p> <p>「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%DE%A4%F3%A4%AC%C6%FC%CB%DC%C0%CE%A4%D0%A4%CA%A4%B7">まんが日本昔ばなし</a>」の語りで名高かった<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%EF%C5%C4%C9%D9%BB%CE%C3%CB">常田富士男</a>さんが、昔話のふるさとを歩いて語る「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%EF%C5%C4%C9%D9%BB%CE%C3%CB">常田富士男</a>さんと歩く加賀・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>むかし話の旅」(金沢ケーブルネット)が2013年~4年にかけて24話放送された。その1話目の取材時、寒い日だった。『伝説とロマンの里』出版の翌年のことである。</p> <p>その5年後の2018年、常田さんは亡くなられた。増林さんはその後、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%F5%A4%AF%A4%B8%B9%AC%B1%BF%A4%CE%BD%F7%BF%C0">宝くじ幸運の女神</a>などの仕事についておられたことはネット社会なので知っていたが、今となっては遠い昔の話。</p> <p>こういうシーンがあったことは残しておきたかった。後ろの山は山伏山(鈴ヶ岳)。</p> <p>常田さんは、昔話の「語りを長年やってきたが、その舞台を実際に歩いて、風景を思い出しながら、語るのは初めてのこと」だとおっしゃっており、1話1話の散策をすごく楽しみにしておいでた。</p> <p><strong>第5章16 ドウブネ、船絵馬</strong></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407053020.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407053020j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>ドウブネは船絵馬と共に紹介した。その時用いた写真は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%CF%C6%B0%E4%C0%D7">真脇遺跡</a>公園と曽々木のドウブネ。写真は使わなかったが遠島山公園(一艘)と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%CF%C6%B0%E4%C0%D7">真脇遺跡</a>(二艘)の3艘は現在ドブネ資料館に移っているので、この写真を補った。</p> <p><strong>第4章3飯田城</strong></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407055210.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407055210j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>場所を変えて、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%BD%A1">真宗</a>以前の光福庵時代、城主が大旦那だったという西勝寺からの城山に差し替え。前は後ろからの山を使っていた。</p> <p> </p> <p><strong>第5章20 二・七の市</strong></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407055339.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407055339j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>ほぼ同じだが、個人宅をアングルから見えないようにした。</p> <p> </p> <p><strong>第5章12 火打ち(燧)石,鉄砲石、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%DA%CD%D5">木葉</a>石</strong></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407055548.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407055548j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>個人宅に残る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%DA%CD%D5">木葉</a>石を使っていたが、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%DA%CD%D5">木葉</a>石を知る人さえ少なくなった。産地を訪ねる人などもうないだろう。それで、産地はここだった、の写真にした。</p> <p><strong>以下、5日の旅  蓮能尼の里へ</strong></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407060004.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407060004j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>宝立町、石尾谷内かな?</p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407060047.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407060047j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p><br /><strong>9日追加</strong></p> <p> 8日、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E1%C2%BA">釈尊</a>誕生日-無憂華の元、も過ぎ</p> <p>9日朝。しきりにウグイスが鳴く(6時半)。</p> <p>誘われ周囲を</p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210409/20210409064435.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210409064435j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="声はすれども姿は見えず。清明の朝に響き渡っている。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210409/20210409064509.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210409064509j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">声はすれども姿は見えず。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%B6%CC%C0">清明</a>の朝に響き亘っている。</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="桜に芝桜まで。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210409/20210409064638.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210409064638j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">桜に芝桜まで。</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="目を転ずれば、チューリップまで。部屋でボケーッとしている間に、手入れがなされている.うーむ。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210409/20210409064726.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210409064726j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">目を転ずれば、チューリップ。部屋でボケーッとしている間に、ここまでの手入れがなされている。ウーム。</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="これは何だ?-花ーではまずい。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210409/20210409065010.png" alt="f:id:umiyamabusi:20210409065010p:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">これは何だ?-花ーではまずい。</figcaption> </figure> <p>モモ、だそうだ!<br /><br /><strong>連絡</strong><br />ブログは日常的に記録していくが、FBの方は、ゆったり間隔で転載することにします。</p> <p><br /> </p> <p> </p> <p> </p> <p> </p>
  26. YouTube動画の4K画質をアップすることにしました。あとiphoneのアプリを変えてみた。 | 新・坊主日記 | 2021/04/07 00:43
     いよいよブラジル散歩も4K画質でお届けしようかな?と思い実験してみました。 最初の動画はiphone11の動画の設定を4K30フレームに設定し、純正アップルのiMovieで動画を繋いでアップしただけのものです。 iMovieは字幕がいまいちなのでPerfect Videoというアプリを使って編集していましたが、このアプリは残念ながら4K編集に対応していないので、探したところCapCutというアプリを見つけたので試したみたのですが、私の設定が悪かったのかな? なぜか動画の後半がおかしいしアップロ
  27. 50 | 気ままな日記 | 2021/04/06 21:46
    今日はチョット買い物に出かけました。 そして、こんなモノに出会いました。 しかも超お得だったので、迷わず買いました。 さて、この50色の色鉛筆。 いったいいくらだったでしょう??? 答えは 500円でした。 場所はドンキホーテ。 ぜひ見に行ってください。 [画像]
  28. 美しき停滞 | ことば こころのはな | 2021/04/06 21:02
    2021年4月5日「真宗本廟お待ち受け大会・本廟創立七百五十年記念大会」が開催さ...
  29. POD『伝説とロマンの里』 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/04/06 19:04
    <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407032034.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407032034j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p><br />『石川県立飯田高等学校百周年記念誌 伝説とロマンの里』(2012年・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%C0%AE24%C7%AF">平成24年</a>・10月21日、323頁、実行委員会刊)という書籍がある。</p> <p>関係者だけにお配りした本である。</p> <p>この本を見て、普通どう思われるだろうか。</p> <p>足かけ10年の今年になって、普通なら,こう思うの声を知り、エー?と思い、なるほどと思い、</p> <p>発行当時、質問をお寄せなさった方(故金沢地区高校教員、歴史家、校史編纂者)が何故,何度も質問なさったのか、が理解できた。</p> <p> この書籍は,21日の式典を終えたら表紙を変え、一般向きに販売することにしていた。県内の図書館には、出版元から1冊ずつ記念に寄贈した。</p> <p>県立高校と図書館。どこの高校でも記念誌を出せばそうするだろう。</p> <p>それで、この本を図書館で見たことがあるという人の話なのである。</p> <p>飯田高校の記念誌-すなわち校史、カリキュラム、思い出などで、飯田高校は「伝説とロマンの里」とでも言うべきところにあるので、タイトルをちょっと凝ったものにしたのだろうと、本棚から引き出して見ようもしなかった、とその方おっしゃるのだ。</p> <p>その感覚はよくわかる。私のところへも、知り合いが校史の編纂に関わったと、時々校史を送ってこられることがあったが、ご苦労さんとは思うけど,勤めたこともなく、生活圏とも離れたところの校史はどう扱いようも無く、とどこかに積み重ねて置くのが常だった。</p> <p>これは、背表紙を見た感想。</p> <p>次に表紙を見ると、3学校(飯田女学校、飯田中学校、飯田高校なのだが)の校章がならんでおり、ますます校史なのだと思って開かずに本棚に返すことになるという。</p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210406/20210406124112.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210406124112j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p><strong>記念誌,以前の記念誌。</strong></p> <p>なるほど、でも、これはあくまで「伝説とロマンの里」を描いた本で、百周年記念校史ではないのだよ、と言ってはみても、それが通用するのは式典に参加した人(彼らには校史・『近十年史』も同封して渡っている)、すでに大部の90年史(80年の時に校史を作られなかったので、旧制中学卒業生が,何としてでもと641頁もある校史を作成した)があることを知っている人にしか伝わらない話なのだ。</p> <p>その2冊を紹介しよう。</p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407033537.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407033537j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p> </p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407032322.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407032322j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="中表紙"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210407/20210407032500.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210407032500j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">中表紙</figcaption> </figure> <p><br /><br /><br /></p> <p>百周年記念校史</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="箱は文字がないので,本体の表紙で。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210406/20210406130324.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210406130324j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">箱は文字がないので,本体の表紙で。</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="最初の頁"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210406/20210406130447.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210406130447j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">最初の頁</figcaption> </figure> <p><br /><br /></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="実行委員長として。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210406/20210406130539.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210406130539j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">実行委員長として。</figcaption> </figure> <p><strong>再び『石川県立飯田高等学校百周年記念誌 伝説とロマンの里』</strong></p> <p>言ってみれば、飯田高校の校史、記念式典は平成13年(2001)の90周年にピークを迎えた。その頃、女学校、中学校卒業生は各地に現役で活躍しておられ、新制飯田高校卒業生も元気盛りの方が多い時で、今から思うと膨大な予算を付けて,大々的に90周年を挙行したそうだ(私は外部で参加せず)。</p> <p>それで。90年で全て終わっており、120年ぐらいに盛大なのをやってもらえばいいのだけれど、100周年をやらないというわけにはいかず、その年に中心になるのは私たちの学年だというので、95年頃に私が実行委員長になり、前後5年の同窓生代表の方々と準備を進めた。</p> <p>もし、記念品がいるとすれば、校史は終わっているので卒業生やこれから学ぶ生徒の役に立てるよう、育ったところに誇りを持てるよう,素晴らしい伝説とロマンの里を念頭に、ブログ使いながら、下書きの元を書いていった。</p> <p>私のブログが2005(平成17)年暮れから始めたのは、タオルや文房具などの記念品とは別に、書籍を付けなければならないようなことがあればに備えてのことだったのである。</p> <p>委員長を引き受けざるを得なかったのも、</p> <p>90年で終わっているのだから、講演とタオルぐらいの記念品で通り過ごそうとの目論見が崩れたときの備え、ぐらいでと和気藹々と先輩たちとどの程度にするか話し合っていたのだが、</p> <p>100周年はどこであれ、一高等学校を越えた県教委全体の行事だと知ったのは、100周年を迎える2年ほど前だった。</p> <p>たとえば50周年なら教育長、100周年なら知事が出席することになっているなど、90年をちゃんとやったから100周年はパス、というわけにはいかなかったのだ。</p> <p>盛大にやりましたよ。</p> <p>『伝説とロマンの里』も近十年史に花を添えたのであるが、</p> <p>中身は次の112項目。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="目次"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210406/20210406175159.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210406175159j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">目次</figcaption> </figure> <p> </p> <p>いつまでも残し、旅をする人などの参考にして貰いたい話ばかり。</p> <p>すぐに、関係者以外でも必要な方々があれば手にいれられるように、</p> <blockquote> <p>記念誌『伝説とロマンの里』は、百周年記念限定出版で、式典招待者、ご寄付者・生徒・県内図書館・公民館・実行委員のみの配付となります。それ以外の希望者や、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>を知っていただき交流人口の増加などに寄与できるように、実行委員会と離れた形で、新たな(タイトル『奥<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>北部探索(仮題)』、2分冊か3分冊、地図などを加える)本の発行を企画しております。本文の内容は同じですので、お含み置きください。</p> </blockquote> <p>との文を決算書と共に配布先の方々に渡したのに、本を新たに発売することは無かった。 </p> <p>製本会社の担当となにがあったのかは書かないが、一般の校史と同じ形で終わったのである。</p> <p>ところが、この本をPOD版にして残さないかとの話が入ってきた。</p> <p>出版社を通し(『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%AF%B9%A5%BF%CD">妙好人</a>千代尼』)、自分で出版社を立ち上げ(『とも同行の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%BD%A1">真宗</a>文化』)を試みたが、金沢へ出るのでさえ、途中休憩を入れ3時間近くかかる、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の先端部すむものにとっては、いかんともしがたいところがある。</p> <p>PODなら、対機説法に近く、せいぜい電話程度のやりとりで形にできるので、こういうケースではもってこいかも知れぬ。</p> <p>今までPOD版は、スキャナで取り込む,写真を使ったのを幾種類も見ており、全集で購入しなかったのを、あとからODで補ったものもある。</p> <p>他の本はともあれ、『伝説とロマンの里』は私自身も1、2冊残しておきたかったし、一般書になったらお渡ししようと思っていた人をイメージしていたことがあった書物だ。</p> <p>あれから、ほぼ10年。4ヶ月後には、日の目を見ることになる(はず)。</p> <p> </p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2012%2F10%2F22%2F212046" title="石川県立飯田高等学校創立100周年ー関連新聞記事ー - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2012/10/22/212046">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p> <p> </p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2012%2F10%2F01%2F101731" title="飯田高校100周年ー広報すずー - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2012/10/01/101731">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> <iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2012%2F09%2F20%2F133906" title="石川県立飯田高等学校百周年記念事業 - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2012/09/20/133906">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p>
  30. 歓迎 中島氏 | 住職雑記 | 2021/04/06 11:17
    私が目覚まし替わりに聞いている朝のTOKYO FM番組「FUTURES」、火曜日...
  31. 後編 ブラジル散歩 電気自動車の話をしながらの夕方散歩 | 新・坊主日記 | 2021/04/06 07:47
     前回も書いていますが、ここマリリアには充電ポイントはありませんでした。それは私のマップの見方が完全に間違っていたからです。すごく残念でした。 まだまだブラジルの田舎の地方では電気自動車は無理ですね。 大都市のサンパウロやリオなどはいくつか設置してありました。しかしまだまだ電気自動車は価格面でもインフラの面でもあと2−3年のちには地方でも売り出すのでは?と期待しています。 私が購入できる価格になるのは10年後くらいでしょうか、それでもここマリリア市の販売店で電気自動車の試乗ができるようになったら
  32. なぜ??? | 気ままな日記 | 2021/04/05 21:04
    今日はとあるところを走っていると。。。 なぜか、ガードレールの上に白菜が。。。 だれが?何のために?? しかも、微妙なバランスで乗っかってます。 なんとも不思議な光景です。 もうすこし大きく撮影したかったのですが バイクに乗りながらの信号待ちだったので これが限界です。 [画像]
  33. ブラジル散歩 近くの空き地で大きな不法な焚き火を撮影とブラジルの電気自動車の話 | 新・坊主日記 | 2021/04/05 07:44
    ブラジルに住んで14年目になりました。マリリア市という街に住んで8年目です。散歩しながらその時思ったことを話しています。 普段着のブラジルの街を一緒に散歩しませんか?今回はブラジルの電気自動車の話をしています。あと近所で大きな焚き火が起こったのでその動画も最初に少し。どうぞお付き合いください。  お寺の近くで不法の焚き火を誰かがしたのでちょっと撮影をしました。ブラジルの広大な土地では草を刈ったりするのが費用がかかるため焼いてしまう人もいます。高速道路を走っているとたまに見かけます。  続き
  34. 先手を取られて | 住職雑記 | 2021/04/05 01:35
    友人と、「どんな時に『淋しい』と感じるか」という話になった。考えてみると、私はひ...
  35. スタープラチナ | ことば こころのはな | 2021/04/04 21:41
    「東京新聞」2021年4月3日朝刊 「筆洗」より 「窒化ガリウムは素材としては...
  36. 10年ものの水 | 住職雑記 | 2021/04/04 20:23
    納戸の奥から炭酸水が発掘された。キャップに印字された賞味期限は「12.3」。製造...
  37. ウメ | 気ままな日記 | 2021/04/04 18:27
    今日は久々に梅の木に目をやると。。。 なんと多くの実がなっていました。 青々とした葉も多くつけて だんだんと夏に近づいているのが分かります。 しかし、梅の実は例年よりはるかに多い気がします。 いったいバケツ何杯になるのか楽しみですね。 経過はまた報告します。 [画像]
  38. 舟川の桜 | お寺の生活 | 2021/04/04 14:24
    土日は混むと思い、先日時間があるタイミングで朝日町が力を入れている舟川の桜の様子を見てきたのですが、春の四重奏にはまだ少し早かったみたいです。しかし朝早くからそこそこの人数が見に来ていたので驚きました!
  39. 暖かくなって | お寺の生活 | 2021/04/04 14:21
    今年も改観寺の裏手に植えたタラの芽が採れる季節になりました。これから山菜の季節になります。
  40. 庭の枝垂れ桜 | お寺の生活 | 2021/04/04 14:15
    改観寺の入り口の枝垂れ桜は今が満開に近いです。今年の大雪の影響もあるのか花は少なめですが綺麗ですね
  41. 春のお彼岸 | お寺の生活 | 2021/04/04 14:12
    3月20日は彼岸会でした。いつも通りお参りいただきました。今後とも宜しくお願いします。
  42. 得度準備講習会開催 | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/04/04 00:03
    得度準備講習会が開催されました。 2021年3月28日(日)~29日(月)の2日間にわたり得度準備講習会が開催されました。 新型コロナウイルスの影響もあり大人の部参加者は8名と例年にくらべて少人数でしたが、子...
  43. 難波別院 | 気ままな日記 | 2021/04/03 22:01
    今日は南御堂・難波別院の花御堂を激写。 とはいえ、夕方の五時を回っていたからなのか、 お釈迦様がいませんでした。 しかし、別院の花御堂はお花がたくさん賑やかですね。 ウチは今年は出番がありません。 寂しいモノです。 [画像] [画像]
  44. 京都 | お気楽極楽日記 | 2021/04/03 21:28
     4月2日に京都の東本願寺の春の法要にお参りに行ってきました。出仕もない、団参もないという寂しい法要でした…。 法要の後、仁和寺へ足を伸ばしました。御室桜がきれいに咲いていました。 コロナ禍でなければ、この時期に京都は人がごった返して歩くのも大変なところですが今年はさすがに人出も少ない。観光業の人は大変かもしれないですが、ボク的にはゆっくりと京都を感じることができてよかったです。
  45. 青が往く | ことば こころのはな | 2021/04/03 21:03
    LEDライトなるものが世に出てから、「青色のLEDはできないんだよ」という情報を...
  46. 2021年4月 | 慶運山 長源寺 | 2021/04/03 18:14
    我々を存在せしめている根元の力を忘れて 自分の力で生きてきたと威張っているのを罪悪深重という   先月1周忌をお迎えになったあるご門徒さんの一言から気付かされた事があります。 昨年初めに入院された際、お見舞いし […]
  47. 微生物と生きる | 住職雑記 | 2021/04/03 12:29
    久々の晴れ。ここ数日は気温は高いものの、空は薄曇りだった。延立寺の墓地は山桜とソ...
  48. いくつになるぞ。念仏もうさるべし。 | ことば こころのはな | 2021/04/02 18:33
    4月2日は誕生日。ガチャピンとムックと一緒 (^-^) 朝ごはんを食べているとき...
  49. 小さい理由 | 住職雑記 | 2021/04/02 18:13
    物置の片づけ、一段落。隠れているモノはまだあるが、とりあえずはここまでで、ずいぶ...
  50. いしかわ風土記 ひと | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/04/02 06:11
    <p>このところ、POD版本作りの作業をしていて、書きたいことがいくつかあったのに、そちらに集中していた。</p> <p>新聞記事も読まず,見出しのみ。ただ「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%F3%A5%DC%A5%A6">マンボウ</a>」という言葉が,縁の無いような人が使っているように思えて、著名な人に、あらたなあだ名でもついたのかと、連れ合いにたずねた。</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D7%CF%C3%B5%D9%C2%EA">閑話休題</a></p> <p>読まない中で、「いしかわ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%F7%C5%DA%B5%AD">風土記</a>~2~」が目にとまり、読んだ。~1~があるはずだが気づかず調べると,昨日1日にあった。</p> <p>そういえば、4月からの新連載に、このような感じの物があったような…</p> <p>このような感じなら、昔は、何人もの研究者の顔が次々浮かんできたものだが、今は新聞記者さんの力が圧倒的に越えている-ナァーと</p> <p>ちらっと思ったものだった。</p> <p>記事は次。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="北國新聞朝刊社会2面 2021年(令和3年)4月2日(金曜日)"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210402/20210402055359.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210402055359j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%CC%D4%A2%BF%B7%CA%B9">北國新聞</a>朝刊社会2面 2021年(令和3年)4月2日(金曜日)</figcaption> </figure> <p>坂内(ばんない)さんは、3日前・3月30日(木)に来て行かれた。</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>全体の話をすればいいのかと勝手に思い込み、</p> <p>若い方?だったので、新米記者かとこれも思い込み、</p> <p>名刺もちゃんと見ずに、このところ話することもない日々のウサを晴らすかのように、3時間もダラ話をしてしまった。</p> <p>「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>はやさしや」をお聞きにおいでたのだー</p> <p>わー!</p> <p>穴があったら……。</p> <p> </p> <p>なお、参考までに</p> <p> </p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2016%2F06%2F28%2F163404" title="能登はやさしや土までも - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2016/06/28/163404">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p> <p> </p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2011%2F01%2F06%2F085201" title="能登はやさしや土までも… - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2011/01/06/085201">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p>
  51. 2021年4月のことば | ことば こころのはな | 2021/04/01 19:18
    4月を迎えました。今年は、桜 舞う中で卒業式を迎えました。咲...
  52. 三界皆苦 我当安此 | 遊煩悩林 | 2021/04/01 08:49
    <p>1日は親鸞聖人の御誕生会。</p> <p>「おたんじょうかい」ではなくて「ごたんじょうえ」。</p> <p>この私がこの世に生まれた意味を、宗祖のご誕生の意味を会して訪ねる。</p> <p>コロナ禍、東本願寺はこの春の法要を動画で配信。</p> <p style="text-align: center;"><a title="" href="http://www.higashihonganji.or.jp/houyou/" target="_blank" rel="noopener">http://www.higashihonganji.or.jp/houyou/</a></p> <p>今年は、2023年の親鸞聖人御誕生850年をいかに迎えていくかと、お待ち受け大会が開かれる。</p> <p>さて、4月8日はお釈迦さまの誕生を祝う「はなまつり」。</p> <p>先週末、4月8日がご命日のご門徒の3回忌にお参りさせていただいた。</p> <p>20歳前後のお孫さんたちに「4月8日」は何の日でしょうか?と尋ねたが返答はなかった。</p> <p>お伝えが行き届いていない住職の怠慢だ。</p> <p>でも、亡くなったおじいちゃんのおかげでそれをお伝えすることができた。</p> <p>じいちゃんの亡くなった日は、お釈迦さまの誕生を祝う大切な日なのだ、と。</p> <p>釈迦の誕生を祝う表現としての「はなまつり」。</p> <p>釈迦の誕生の意を、降り注いだ甘露と埋め尽くすはなびらで讃える故事による。</p> <p>有名な</p> <p style="padding-left: 40px;">天上天下唯我独尊</p> <p>には続きがある。</p> <p style="padding-left: 40px;">三界皆苦 我当安此</p> <p>仏の教えは「一切皆苦」。人生は苦である、と。</p> <p>だけど、「我」「まさに」「ここに」「安んず」。</p> <p>苦の中に安んじていく道がある、と。</p> <p> </p> <p>苦というのは、私の思いどおりになれば幸せだという妄想・錯覚によるのだろう。</p> <p>思いどおりになるのが幸せだとすれば、思い通りにならないところに苦が生じる。</p> <p>釈迦の「安んず」は、誰かの思いを叶えて幸せにしてあげるのではなかろう。</p> <p>思いどおりにならんのが常であると、その道理をいう。</p> <p>思いどおりに生きることは幸せに違いない。だけどそうはいかない。</p> <p>思いどおりになることが当たり前だと思ったら、この世は苦しみでしかない。</p> <p>そもそも自分の思いどおりにこの世に生み出た私ではない。</p> <p>思いどおりにならないところに、はたらいてくださる大事なことを確かめるのだ。</p> <p> </p> <p style="padding-left: 40px;">願わざるに草は萌え</p> <p style="padding-left: 40px;">願えども花は散る</p> <p> </p> <p>4月の常照寺の掲示板。</p>
  53. ひと休み ひと休み | ことば こころのはな | 2021/03/31 16:08
    小中学校への休校要請から一年以上が過ぎ、いまだ制約が多いとはいえ、一年前と比べれ...
  54. 念佛を称えるということ | ことば こころのはな | 2021/03/30 23:25
    「念佛者の人生は まさに慚愧と歓喜の交錯」  梯實圓師 「お念仏は、讃嘆であり懴...
  55. 面授(めんじゅ)の法 | ことば こころのはな | 2021/03/29 21:50
    今日、得度研修の講師として出講 講義の時間になり、講師の机へ 受講生の皆さんの顔...
  56. 準決勝進出 | お気楽極楽日記 | 2021/03/29 21:21
     中京大中京が見事、東海大菅生を破って準決勝に進出しました!娘が同校生徒で、今回は応援バスに乗って現地で応援。いい試合が見れてうらやましい。この調子でぜひ優勝してほしいものです。 しかし、あくまでも結果論ですが、9回は畔柳投手を温存できなかったのかなと思います。6点差ならば、2番手、3番手もなんとかしのげるような気がするのですが…。ただ、中京は一度、夏の大会でヒヤヒヤの経験をしていますから、いくら点差があっても試合終了まではわからないということなんでしょう。 でも、この大会で..
  57. あゆみ通信 VOL.146 | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/03/28 23:42
    あゆみの会(第二組同朋の会推進員連絡協議会/細川 克彦 会長)の機関誌『あゆみ通信』(編集:本持喜康事務局長)の第146号(2021年4月1日号)が発行されました。 【第1面】 ▼無量寿のバトンタッチ ▼聞法...
  58. 生きることは・・・ | ことば こころのはな | 2021/03/28 18:02
    『暮らしの手帖』第11号(2021年3月25日発行) 表紙に、特集の読み物のタイ...
  59. 春季法務休暇 | 小丘山定願寺 〜けれど空は青〜 | 2021/03/28 12:58
    明日29日より4月1日までの4日間は法務休暇になります。 本日14時より4日間分の逮夜参りをお寺にて合同でお勤めします。 大変ご迷惑をおかけしますが宜しくお願い致します。   合掌  
  60. 外灯の電球を交換しました! | 小丘山定願寺 〜けれど空は青〜 | 2021/03/27 19:04
    皆様ご機嫌いかがですか?住職です。 この最近ずっと切れていた外灯の電球を交換しました。 ナショナルのパナボール水銀灯はすでに廃盤になっていました。 また、この際なのでLED電球に交換しました。 LED明るいです!!手前の … <a href="http://xn--mbtqiv96n.com/2021/03/27/%e5%a4%96%e7%81%af%e3%81%ae%e9%9b%bb%e7%90%83%e3%82%92%e4%ba%a4%e6%8f%9b%e3%81%97%e3%81%be%e3%81%97%e3%81%9f%ef%bc%81/">続きを読む <span class="meta-nav">→</span></a>
  61. 答えはひとつじゃない | ことば こころのはな | 2021/03/27 18:28
    初の試み、「西蓮寺 ZOOM 聞法会」開催 ZOOMは経験済みだけれどホストは初...
  62. デング熱になったみたいです。(飲んではいけない薬解説付き) | 新・坊主日記 | 2021/03/27 01:02
    この動画の後マリリアの知り合いが結構デング熱になっているので、やはり大流行りしているようです。コロナ騒動でかき消されていますが、やはり相当気をつけなくてはならないようです。 この病気の症状は人様々なのですが、私の場合は今回は熱は出ず、赤い発疹もでなく強烈な辛さはないのですが、体がだるく節々が痛みます。気力も萎えるのですがその原因の最たるものが五十肩の再発です。前回は左肩だったのですが、今回は右からが非常に痛いです。デング熱の対処法は寝て食べて養生することで、あとは対処療法です。私の場合50肩が痛
  63. youtube いい動画紹介 いじめについての動画です。【三四郎・小宮】壮絶いじめ 葬式ごっこ・ | 新・坊主日記 | 2021/03/26 23:51
    毎日YouTubeを見るのが楽しみな日課です。たまにここのブログでは面白かったり、心を打たれたYouTubeを紹介しています。今回は「いじめ」というヘビーな内容ですが、著名人が語ってくれることで今現在いじめにあっている人、いじめがあるのに止められない人、いじめていることに気がつかない人、または気がついているのに辞めることができない人により響く内容になっていると思います。 わたしも、いじめられたことがありますし、いじめる側に立ってしまったこともあるので非常に関心を持って視聴しました。貴重な動画だと
  64. 還って生(い)く | ことば こころのはな | 2021/03/26 22:18
    波が、広く深い海から生じるように 人も、大いなる いのち から生じる 波が、海か...
  65. あなたの未来は縛れない | ことば こころのはな | 2021/03/25 21:34
    卒業式 6年ひとむかし 明日を想う 先生方 学校で子どもたちを温かく見守ってい...
  66. 熱戦 | お気楽極楽日記 | 2021/03/25 20:43
     中京大中京の初戦、手に汗を握る試合でした。試合前の予想では中京が絶対有利でもっと楽に勝てるかと思っていたのですが、専大松戸の投手が良かった。バットの芯で捉えた打球はひとつもなかったのではないでしょうか。そんな中、少ないチャンスを生かしたというのは流石としかいいようがないです。 それにしても畔柳投手はすごかった。バントさえできない球威って…。球数制限がある今大会、次戦はもっと楽な展開で勝てるといいのですが、相手が常総学院では難しいかな。
  67. 番付 | ことば こころのはな | 2021/03/24 21:06
    NHK大河ドラマ「青天を衝け」にて 若き渋沢栄一が藍の商いをするなかで、藍農家を...
  68. 2021.3.10 若坊守研修会 | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/03/24 01:41
    オリジナルマスクカバー作り 2021年3月10日、難波別院研修ホール地下1階講義室において、講師に第27組 願隨寺 平野 敏美氏をお迎えし、マスクカバー作りが行われました。 このマスクカバーは不燃布のサージカ...
  69. 春季彼岸会永代経法要が終わりました | 小丘山定願寺 〜けれど空は青〜 | 2021/03/23 23:04
    定願寺の住職です。今日は春季彼岸会永代経法要で予定通り午後二時からと午後七時の二座の法要を執行しました。 コロナ禍ということもあり、規模を縮小し時間も短縮しての法要となりましたが、いろいろなことが制限されるなか、工夫やた … <a href="http://xn--mbtqiv96n.com/2021/03/23/%e6%98%a5%e5%ad%a3%e5%bd%bc%e5%b2%b8%e4%bc%9a%e6%b0%b8%e4%bb%a3%e7%b5%8c%e6%b3%95%e8%a6%81%e3%81%8c%e7%b5%82%e3%82%8f%e3%82%8a%e3%81%be%e3%81%97%e3%81%9f/">続きを読む <span class="meta-nav">→</span></a>
  70. お目にかかれて光栄です(‐人‐) | ことば こころのはな | 2021/03/23 21:20
    2021年 春のお彼岸 最終日 毎年、ご自宅の庭に咲く桜の枝を選定して持ってきて...
  71. 3月23日の風光 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/03/23 14:33
    <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="紅梅・椿"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210323/20210323142403.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210323142403j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">紅梅・椿</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="白梅・つばき"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210323/20210323142512.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210323142512j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">白梅・つばき</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="座禅草 能登半島北限"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210323/20210323142609.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210323142609j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">座禅草 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C8%BE%C5%E7">能登半島</a>北限</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="これらの木々・花のエリアにトンビの巣がある欅がある。巣立ちを間もなくのトンビの子が舞う練習をしているようで、親トンビの警戒している様子がヒシと伝わってくる。いたずらに刺激しないよう部屋に引き上げねばなるまいば"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210323/20210323142723.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210323142723j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">これらの木々・花のエリアにトンビの巣がある欅がある。巣立ちを間もなくのトンビの子が舞う練習をしているようで、親トンビの警戒している様子がヒシと伝わってくる。いたずらに刺激しないよう部屋に引き上げねばなるまいば</figcaption> </figure> <p> </p>
  72. 友の遠い親戚ー西谷(啓治)記念館をたずねる | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/03/22 21:37
    <p> </p> <p>高校の同級生で、ずーっと親しくしているY・N君と、3月18日に西谷(啓治)記念館に行ってきた。</p> <p>なぜ西谷記念館かというと、西谷氏が「奥<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の風光」(『宗教と非宗教の間』<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%E4%C7%C8%B8%BD%C2%E5%CA%B8%B8%CB">岩波現代文庫</a>)に</p> <blockquote> <p>私は4、5歳の頃、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a>の鵜島にあった宗玄という家に何日か泊まっていた。それは大きな酒造りの家で、私の母の姉がそこの主婦であった。 </p> </blockquote> <p> から、故郷のイメージを書き出しており、その宗玄家からN君の祖母が嫁いでいることを、時々聞いていたのである。</p> <p> 宗玄家当主に嫁いだ西谷氏の伯母、当主の姉か妹がN君の祖母になるはずだ。</p> <p>西谷氏のことは知らないというので、準備期間をたっぷり取り、いよいよ記念館その他を散策する日を迎えたのだ。</p> <p>記念館以外にも弘法榧の調査で、</p> <p>かつて<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%C3%B2%EC%C8%CD">加賀藩</a>12代藩主前田斉泰が碁盤にする榧の大木を求めて各地に問い合わせたとき、当時の十村(他藩の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%BE%B1">大庄</a>屋)役だった宗玄忠左衛門がこの榧について調べ、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B0%CB%A1%C2%E7%BB%D5">弘法大師</a>ゆかりの榧であることを報告(文化4・1807年)、まもなく、斉泰から、国の宝だから大切に守っていくようにとの厳命が持ち主の吹上家に下されたという(「記<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B0%CB%A1%C2%E7%BB%D5">弘法大師</a>所植瓶花榧之事」<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%B7%CA%DD">天保</a>2年(1831)。</p> <p> ここにもY君の遠祖が関わっている。</p> <p>ということで、久しぶりにN君と散策。西谷記念館のある遠島山公園で待ち合わせた。</p> <p><strong>遠島山公園 棚木城</strong> </p> <blockquote> <p>棚木(たなぎ)城は、「故墟考」に、前は白山の社地で谷合(たにあ)いなり。山間に水垂滑路(なめりみち)という山道あり。その上に池あり。直径百二十㌢~百五十㌢の清水で、朱鷺(とき)の巣穴という大きな穴がある、と記している。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%EB%D4%AE">城址</a>は遠島山公園になっており朱鷺の巣穴は現在のスズメ穴にあたるのだろうか。城を挟(はさ)んで反対側の駐車場に、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>守護畠山の三代当主義統(よしむね)の次男棚木左門氏之が、守護からもらった名馬の手入れをした「馬洗池」という池があり、枯渇(こかつ)することがないという(「説明板」)。それが清水かもしれない。<br /> 『鳳至郡誌』に、城山の東平に、船隠しといって不思議な所があり、船が何艘泊まっていても外から見えることはない。その他、切り通しなど面白い所が今に残っている、とある。また、落城の時の「米流し坂」伝説を載せている。上杉勢が攻めてきたとき、籠城(ろうじよう)していた長(ちよう)与一(よいち)景連(かげつら)が、米を流して滝のように見せ、城には水が多いことを示した。越後の勢は、遠くからこの様子を見て、作戦を立てられないでいた。ところが鳥が米をついばみ始めたので水の少ないことを知り、城を取り囲んで落とした、という話である。景連は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%E5%BF%F9%B8%AC%BF%AE">上杉謙信</a>の近臣で、景連が戦ったのは、前田軍の長連竜、大井直康たちである。<br /> 城山の湾に面したところは、樹木が生い茂り、うっそうとしているその間に、赤土が崩れ落ちて一つの道のようになっているところがある、そこが米を流して滝に見せた地であるといわれている。<br /> このほか、入り江に映る月を愛でた「月見御殿跡」などが公園にあり、遠き棚木城時代を伝えている。(『<span style="font-size: 80%;">石川県立飯田高等学校百周年記念誌</span>伝説とロマンの里』第4章 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%EB%D4%AE">城址</a>、旧家、碑、民話 1鵜川館、天呑城、棚木城 </p> <p>2012(平成24)年刊より)</p> </blockquote> <p><strong>羽根万象美術館からの「船隠し」</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="船隠し。「羽根万象美術館」喫茶コーナーから。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210322/20210322161603.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210322161603j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">船隠し。「羽根万象美術館」喫茶コーナーから。</figcaption> </figure> <p><strong>ウグイス ホーホケ…</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="「真脇縄文真脇遺跡資料館」付属資料調査室で、館長高田氏と懇談し、「ドブネ」収蔵庫へ向かうために調査室を出たところウグイスが鳴いていた。姿は見えなかったが声のする方にカメラを向けシャッターを切った。どこかに写っていないか?"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210322/20210322161741.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210322161741j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">「真脇<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%EC%CA%B8%BF%BF%CF%C6">縄文真脇</a>遺跡資料館」付属資料調査室で、館長高田氏と懇談し、「ドブネ」収蔵庫へ向かうために調査室を出たところウグイスが鳴いていた。姿は見えなかったが声のする方にカメラを向けシャッターを切った。どこかに写っていないか?</figcaption> </figure> <p><strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%CF%C6%B0%E4%C0%D7">真脇遺跡</a>縄文館</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="「ドブネ」収蔵庫、坂担道彫刻展示施設駐車場からの真脇遺跡付近"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210322/20210322171650.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210322171650j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">「ドブネ」収蔵庫、坂坦道彫刻展示施設駐車場からの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%CF%C6%B0%E4%C0%D7">真脇遺跡</a>付近</figcaption> </figure> <p> </p> <p> <strong>「ドブネ」収蔵庫</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="「ドブネ」収蔵庫内。ドブネがこの収蔵庫に保管されるまでの経緯については、あらためて…。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210322/20210322172015.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210322172015j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">「ドブネ」収蔵庫内。ドブネがこの収蔵庫に保管されるまでの経緯については、あらためて…。</figcaption> </figure> <p><strong>坂坦道作 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%D0%C0%EE%C2%EF%CC%DA">石川啄木</a>歌碑</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="坂担道氏作「石川啄木歌碑」。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210322/20210322172657.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210322172657j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">坂坦道氏作「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%D0%C0%EE%C2%EF%CC%DA">石川啄木</a>歌碑」。</figcaption> </figure> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%D0%C0%EE%C2%EF%CC%DA">石川啄木</a>歌碑 </p> <p>しんとして</p> <p>幅広き街の</p> <p>秋の夜の</p> <p>玉蜀黍の</p> <p>焼くるにほいよ</p> <p> 啄木</p> <p>HPなどでは、1907年に札幌に滞在した<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%D0%C0%EE%C2%EF%CC%DA">石川啄木</a>が詠んだ歌が、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%A5%CB%DA%C2%E7%C4%CC">札幌大通</a>公園の碑に刻まれている。などとあって、左の歌の部分が取り替えられている(坂担道作を加えた歌碑のようだ)。</p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210322/20210322205650.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210322205650j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>takuboku-odori3 より</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="hokkaido uuspotより"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210322/20210322210024.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210322210024j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">hokkaido uuspotより</figcaption> </figure> <p><strong>吹上 弘法榧</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="吹上弘法榧"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210322/20210322210507.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210322210507j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">吹上弘法榧</figcaption> </figure> <p>宗玄村忠左衛門の名が載る説明板に見入るN君。「宗玄家の系譜」(中島吉正『すずろ物語』第49号、昭和59年刊)をコピーして持ってきてくれたので、ずいぶんいろんな事が分かった。</p> <p>宗玄酒造を始めたのは忠左衛門家から分家した忠五郎家でその4代目当主が酒造業を始めた。その流れが現在高岡で宗玄病院を営んでいる。</p> <p>宗玄家のお墓は宗玄酒造近くにあり、N君がお墓を守っている。</p> <p>この論にはN君を「医師」と書いているが、今も公立病院の医師である。</p> <p>この日は、偶々出勤しなくてもいい日だったので西谷記念館へ行くことが出来た。</p> <p> </p> <p> </p>
  73. 2021年3月 | 慶運山 長源寺 | 2021/03/21 17:47
    悟るといふても 迷ふていることを 悟るのである                    安田理深 3.11あの日から10年です。当時の「空気感」を今も覚えています。 実は国内での大きな震災は初めての経験で、阪神淡路大震災当 […]
  74. | 遊煩悩林 | 2021/03/21 16:23
    <p>彼岸会の法話で講師の荒山信さんは、</p> <p style="text-align: left; padding-left: 40px;">もともと地上に道はなかった</p> <p style="text-align: left; padding-left: 40px;">歩く人が多くなって</p> <p style="text-align: left; padding-left: 40px;">そこが道になった</p> <p style="text-align: left; padding-left: 40px;">魯迅</p> <p>ということばをあげられた。</p> <p>ことばを聞いて、湧いたイメージがふたつ。</p> <p>釈迦の誕生を祝う4月8日の「はなまつり」。</p> <p>もうひとつは、聖徳太子1400回忌。</p> <p>今年は聖徳太子が亡くなって1400年になるという。</p> <p>親鸞聖人は聖徳太子を「和国の教主」と讃えられ、真宗寺院には聖徳太子像が奉懸されています。</p> <p>日本仏教の祖としての受け止めです。</p> <p>もともとそこになかった釈迦の大道。</p> <p>いま、ここに彼岸の念仏集会が催されたのも、2500年以上もの年月と数え切ることのできない程の多くの人々の歩みがあってつくられてきた道のおかげだ。</p> <p> </p> <p>彼岸は此岸を照らすはたらき。</p> <p>正信偈の</p> <p style="padding-left: 40px;">弥陀仏本願念仏</p> <p style="padding-left: 40px;">邪見憍慢悪衆生</p> <p>彼岸界の弥陀の本願念仏は照らす側のはたらき。</p> <p>照らされたのは此岸に生きる邪見で憍慢な私。</p> <p>そこに「お彼岸」が成就する。</p> <p>彼岸のお供えはお萩か牡丹餅かと言ってる場合ではない。</p> <p>これまで多くの人々が歩んだ道に草が生え出した。</p> <p>念仏の集会をコロナを言い訳に閉ざそうとする心の草。</p> <p>道はすでに雑草が生い茂っているのかもしれない。</p> <p>ひと声ひと声のお念仏は、後から来る人の道を道たらしめる除草作業だろうか。</p> <p>いや、抜いても抜いても生えてくる草のおかげでひと声のお念仏が出てくると受け止めるべきか。</p> <p>草をかき分け、道なき道を歩まれた数多のご苦労を「汝、知るべし」である。</p> <p>道は「伝える」のではなくて「伝わっていくものだ」と「伝道」について教えられる。</p> <p>控えの部屋で講師と雑談中にあがった話題。</p> <p>「勝手に演僧会」というYoutubeのチャンネル。</p> <p style="text-align: center;"><a title="勝手に演僧会" href="https://www.youtube.com/channel/UCABynNCLMedHC-Hw__CM9aw" target="_blank" rel="noopener">https://www.youtube.com/channel/UCABynNCLMedHC-Hw__CM9aw</a></p> <p>ご門徒の皆さまにはお馴染みの顔も。是非ご覧ください。</p> <p>個人的な感想ですが、何かお寺の未来を見るような気がしました。</p> <p>お寺の世界は古い古いと思って自分は若いつもりでしたが、このチャンネルの動画を見て、古いのはこのじぶんだったと。</p> <p>いつまでもブログにダラダラと分かったような分かっとらんことを呟くことしかでない私に、若き伝道者は「仏法の道は閉じちゃいないよ」と励まされました。</p> <p> </p> <p>東本願寺 春の法要「聖徳太子1400回御忌」もインターネットで配信されます。</p> <p style="text-align: center;"><a title="春の法要" href="http://www.higashihonganji.or.jp/houyou/" target="_blank" rel="noopener">http://www.higashihonganji.or.jp/houyou/</a></p> <p> </p>
  75. 春季彼岸会永代経法要 | 小丘山定願寺 〜けれど空は青〜 | 2021/03/17 11:42
    定願寺住職です。皆様いかがお過ごしですか?昨日は朝から総代の方々に来て頂き、幕張のお手伝いをしていただきました。気がつけばもうお彼岸といったところで本日より彼岸の入りですね。 定願寺では3月23日にお彼岸の法要を勤めます … <a href="http://xn--mbtqiv96n.com/2021/03/17/%e6%98%a5%e5%ad%a3%e5%bd%bc%e5%b2%b8%e4%bc%9a%e6%b0%b8%e4%bb%a3%e7%b5%8c%e6%b3%95%e8%a6%81-2/">続きを読む <span class="meta-nav">→</span></a>
  76. 「たこつぼ」か、それとも? 尖底形製塩土器 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/03/17 10:54
    <p>13日(土)小木公民館で「市之瀬、越坂の生業と歴史」と題して講演してきた。</p> <p>高校の同級生男女1名ずつ。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%BE%C3%AB%B7%BC%BC%A3">西谷啓治</a>さんが<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>で最も仲良くしていた従兄弟石岡さんのお子さん。それに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%CF%C6%B0%E4%C0%D7">真脇遺跡</a>縄文館館長・高田氏などが聴講に来てくれた。</p> <p>石岡、高田氏は飯田高校、宇出<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%C5%B9%E2">津高</a>校時代の教え子で、このところの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%BE%C3%AB%B7%BC%BC%A3">西谷啓治</a>氏調査、越坂製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器を知るために合い、13日の講演のする旨を伝えていたのが、顔を出してくれたのである。</p> <p>小木、市之瀬、越坂を含む内浦町エリアで、戦前の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%B8%B2%BD%BA%E2">文化財</a>は松波城しか知られていなかった。</p> <p>それが戦後、越坂並びの新保(遺跡)が昭和27、8年に行われた九学会の調査地に選ばれ、その時調査主任だった東大教授・駒井和愛氏は『座談会 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の実態』で</p> <blockquote> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C5%CA%AF%BB%FE%C2%E5">古墳時代</a>以外の土器では、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%B3%A4%B4%DF">東海岸</a>というか飯田附近の<strong>越坂とか新保</strong>というようなところに包含しているものに、<strong>先つポのトガつたような妙な土器</strong>で、土地の人が、<strong>蛸つぼ</strong>ではないかというのがあります。</p> <p>これは<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>というか、奥<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>では、その辺だけにしかない、他の県へ行つてみて調査もしたのですが、どの時代のものか良くわからない。けれども非常に珍らしいもので、これは氷見洞窟のやや上の方からも出ているようです。氷見の洞窟は縄文式の頃からあるのですが、その新しい層から出ております。それから瀬戸内海あるいは、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%AF%C8%FE%C8%BE%C5%E7">渥美半島</a>それから伊勢湾などでも出ているとのことです。</p> <p>これは何か日本では、今云つたような区域であつて一種独特なもので、どういう目的で先のトガつた妙なこの土器が、おそらく土師(ハジ)器の時代か、その前後の時代に使われていたらしく、一ケ所から非常に沢山出て来ます。あれはちよつと発掘しただけでも、山盛りになつて出て来るのですから、かなり沢山使つていたらしいのです。そういう面白い問題で、土地の人が「<strong>蛸壺の問題</strong>」といつておりますが良くわからないのです。</p> <p> それからもう一つ面白いのは須恵(スエ)器と呼んでおるものが、案外<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C8%BE%C5%E7">能登半島</a>の奥ではがなり後まで作られておりますし、また使われておりますことです。例えば、我々が泊つたお寺の開山の和尚さんは<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%AD%CD%F8%BB%FE%C2%E5">足利時代</a>の貞和三年(一三四七)になくなっておるのですが、その人の骨壺が出てきた。それを偶然見たのですが、<strong>須恵器の非常に退化</strong>したものです。</p> </blockquote> <p>と語っておられ、</p> <p> </p> <p>北陸総合学術調査(昭和三十六年~三十九年 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%CC%CE%A6%C3%E6%C6%FC%BF%B7%CA%B9">北陸中日新聞</a>・中部<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%FC%CB%DC%BF%B7">日本新</a>聞本社 考古学班。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a>焼の生産・交易、古代土器製塩など)の折、昭和三十七年に、越坂製塩遺跡群、越坂A~E、Aコウカミ Bトクボ Dソデバマで試掘している。</p> <p>これらに中心となって関わった高堀勝喜氏は『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C8%BE%C5%E7">能登半島</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B3%D8%BD%D1%BD%F1">学術書</a>』(石川県昭和四〇・一九六五年七月)に </p> <blockquote> <p>その附近(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の古墳)には必ずといってよいほど、製塩に従事したと考えられる遺跡が発見され、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>式土器</strong>とよばれる、特異な形態をもつ粗製土師器が大量に出土している。[以下遺跡解説省略―庵遺跡、森腰遺跡、柴垣遺跡、小浦遺跡] このように<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>式土器は<strong>台底、棒状尖底、平底、丸底</strong>に大別されるが、伴出する須恵器によって年代を考証すると、七世紀から八世紀すなわち<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C5%CA%AF%BB%FE%C2%E5">古墳時代</a>後期から<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%E0%CE%C9%BB%FE%C2%E5">奈良時代</a>にわたって用いられたと考えられる。<br /><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>式土器類似の土師器は、瀬戸内海、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B5%AA%B0%CB%C8%BE%C5%E7">紀伊半島</a>、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C2%BF%C8%BE%C5%E7">知多半島</a>、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E3%B6%B9%CF%D1">若狭湾</a>岸などで発見され、製塩の煎熬用に使用された煮沸容器、すなわち<strong>製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器であるとする説が、学界に認められつつある</strong>。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>式土器は台付形が七尾湾岸に、棒状尖底形が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a>内浦海岸に、平底形が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%A9%BA%F0%BB%D4">羽咋市</a>滝から<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%D6%B2%EC%C4%AE">志賀町</a>志賀浦海岸に特に濃密であり、中でも<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a>郡内浦町海岸には二十四の遺跡が連なっている。</p> </blockquote> <p>やはり製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器と深く関わり、石川の考古を幅広い層に広め、学会をリードしていくことになる橋本澄夫氏は、『北陸の古代史』「若狭と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の土器製塩」(橋本澄夫著、昭和四十九年・一九七四・十一月 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%CC%CE%A6%C3%E6%C6%FC%BF%B7%CA%B9">北陸中日新聞</a>社)において、</p> <blockquote> <p><strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>式製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器の発見</strong></p> <p> 昭和二十六年三月、まだ冬の気配が残る石川県内浦町新保の海岸近くで、一つの発掘風景が見られた。それは昭和二十四年夏、清水隆久泉丘高校教諭(現県教委職員)によって発見された<strong>新保縄文遺跡</strong>の調査だった。発掘に参加したのは秋田喜一、高堀勝喜、沼田啓太郎、上野与一ら石川考古学研究会の主カメンバーだった。</p> <p>この時の発掘調査で縄文中期初頭の標式的土器(新保式土器)が認定されるなどの成果を収めているが、それにもまして関心を集めたのは付近から表採された<strong>奇妙な土器</strong>片の一括であった。それは土師器に似た素焼土器の小片で、全体の形がわからないほど細かく破砕していたが、<strong>”鬼の角”にも似た棒状の底</strong>がある異形の土器だったらしい。細片となっている薄い胴部破片も二次的な火熱を受けたらしく赤く焼けていた。後日、秋田によって「<strong>能奥式尖底土器</strong>」と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%BF%CC%BE">命名</a>されたこの種の土器を出す遺跡は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C8%BE%C5%E7">能登半島</a>内浦沿岸で相次いで発見された。その用途については<strong>”タコ壺説””祭祀説””ガラス生産説”</strong>などとか論せられたが、これが<strong>古代の製塩用具</strong>であることが明らかにされたのは<strong>昭和二十九年</strong>ごろになってからである。 </p> </blockquote> <p>と書いている。</p> <p> </p> <p><strong>新保遺跡(長尾・越坂)が選ばれたわけ</strong> </p> <p> ここまで話していたら、どうして新保が調査地に選ばれたげね-?</p> <p>と、質問する人がおいでた。</p> <p>私もどうして新保(長尾・越坂)なんだろうと、レジメを作っていて思ったので、そのあたりを、メモしておいた。</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%BC%CF%C215%C7%AF">昭和15年</a>が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B5%AA%B8%B52600%C7%AF">紀元2600年</a>の戦前史観に触れると話が長くなるので、足下を見ていく教育の中でということにして、</p> <p> 昭和二十四年、清水隆久(泉丘教諭)先生が、鵜川出身の生徒・河合仁君と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の遺跡探訪の旅に宅に出かけ、仁君の親戚・小木中畠中勗校長宅に泊まった。その時、同校川淵功教員が新保の畠で<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%EC%CA%B8%C5%DA%B4%EF">縄文土器</a>らしきものを採取したという話を聞き、翌日出かけて数片の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%EC%CA%B8%C5%DA%B4%EF">縄文土器</a>を採取した。旧内浦町域では、松波城以外で初めて世に出た遺跡となった。この時、後に町史・考古編担当となる高堀勝喜氏は発熱のため同行できず、翌年夏現地を訪ね若干の土器片と石槍1点を採取。<br /> 26年3月25・6日、24年春に発足していた<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%BF%C5%DA%BB%CB">郷土史</a>研究会メンバー(中野錬次郎、和島俊二、塩梅俊夫、川淵功)と石川考古学研究会(高堀、副会長秋田喜一など5名)による約4坪の新保遺跡発掘調査を行った。</p> <p>25日は川淵教諭宅に泊。その時高堀氏の宇出津小学校・泉丘高校の教え子である数馬酒造の数馬嘉<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%BB%E1">平氏</a>などから酒の差し入れがあり、新保<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%EC%CA%B8%C5%DA%B4%EF">縄文土器</a>や海岸で採取した土師器についての談論に花が咲き、それが<strong>タコツボ論争</strong>に発展していった。</p> <p>( 『内浦町史』第一巻 昭和五十六年 「第一章 内浦町の考古学研究の足跡」高堀勝喜氏より。「第四章 内浦町の土器製塩遺跡と製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器」は橋本澄夫氏担当)</p> <p> </p> <p>高堀氏が宇出津小学校で教えていたことは、共に『能都町史』に関わった折にも、聞いたことが無く、親しくさせて頂いた故・数馬嘉雄氏の父君の名にここで出会うとは、それだけで、今回の話をお引き受けした甲斐、というよりあまりあるものがあった。</p> <p> </p> <p>この棒状尖底<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>式土器製塩は、『ドライブ紀行 いしかわ遺跡めぐり・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>編』 橋本澄夫(一九九一・平成三年一〇月 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%CC%D4%A2%BF%B7%CA%B9%BC%D2">北國新聞社</a>)にも、<br /> <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C5%CA%AF%BB%FE%C2%E5">古墳時代</a>前半期(四・五世紀)台底型土器、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C5%CA%AF%BB%FE%C2%E5">古墳時代</a>後半期(六・七世紀)尖底型土器、平底型<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%E0%CE%C9%BB%FE%C2%E5">奈良時代</a>(八世紀)以降<br /> 昭和二十九年(一九五四)、福野潟学術調査。高堀氏 謎の土器が小浦遺跡から採集されていた。昭和二十六年、新保縄文遺跡、秋田喜一先生が新保海岸から採集された奇妙な土器片。①大量にある ②海岸地帯のみ ③二次的な高い加熱。秋田氏はタコツボ説。尖った部分に紐を結びつけて海に沈める。別に工業生産説、祭祀土器。→タコツボ論争</p> <p> などと紹介されているが、高堀さんが世を去り、橋本さんが前線から身をひかれてから、しばらくして開かれた「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%FC%CB%DC%B3%A4">日本海</a>域の土器製塩」シンポ(2010年3月『石川県<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%E4%C2%A2%CA%B8%B2%BD%BA%E2">埋蔵文化財</a>情報』第23号)には、</p> <blockquote> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>地方では製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器の形態が<strong>脚台→丸底→平底</strong>へ変化したと考えられており、…(所長 湯尻修平) </p> </blockquote> <p> とあって、『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C8%BE%C5%E7">能登半島</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B3%D8%BD%D1%BD%F1">学術書</a>』の「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>式土器は<strong>台底、棒状尖底、平底、丸底</strong>(高堀)」の、棒状尖底が脚台に含まれたのか、無視されている。</p> <p> その辺りを縄文の研究でも第一人者である<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%CD%CC%F8%B2%C5%BE%CF">四柳嘉章</a>氏(輪島漆芸美術館名誉館長)に訪ねたら、</p> <p>『ヤトン谷内遺跡 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>における古代製塩遺跡の調査』「<strong>尖底製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器制作技法の復元</strong>」(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%CD%CC%F8%B2%C5%BE%CF">四柳嘉章</a> 一九九五年・平成七 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%C5%E7%C4%AE">中島町</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%B5%B0%E9%B0%D1%B0%F7%B2%F1">教育委員会</a>)があるとおっしゃる。</p> <p>その頃<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%C5%E7%C4%AE">中島町</a>史の調査を一緒にやっていて、この報告書は頂いていた。尖底土器研究の到達点なのだろう。</p> <p> </p> <p> 素人判断ながら、尖底土器は狭い浜に最も効率的に煎熬しうる形状ではないかと思える。</p> <p> 四柳氏論文をふまえ、今一度、分布と予測される自然景観と、棒状尖底土器の位置づけを問い直す必要があるのではないか、と思うのだが、どうなのだろうか?</p> <p> </p> <p><strong>姿を見せた尖底製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器</strong></p> <p>高田氏は、「最も原型に近い形で出土した極めて貴重な」尖底製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器を、講演の場に持参して下さった。<br />これも、聞けば長い間、石川県<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%E4%C2%A2%CA%B8%B2%BD%BA%E2">埋蔵文化財</a>センターで展示しており、センターの財団化にともない、出土地の内浦町に還り、(日の目を見ないでいたのが)最近<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%CF%C6%B0%E4%C0%D7">真脇遺跡</a>縄文館に保管されることになったのだという。<br />高田氏に本を届けに、講演の前に資料館へ寄ったのが、聴衆の方がたとともに、土器を目の当たりに見ることにつながった。</p> <p>出会いの不思議さ…。</p> <p>歩かなくてはならない。</p> <p> </p> <p>なお『座談会 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の実態』で、</p> <blockquote> <p>それからもう一つ面白いのは須恵(スエ)器と呼んでおるものが、案外<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C8%BE%C5%E7">能登半島</a>の奥ではがなり後まで作られております… </p> </blockquote> <p>とある須恵器は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a>でも他地域と同様に姿を消しており、ここで言う須恵器に似た黒く堅い焼き物は、昭和38年に「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a>焼」と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%BF%CC%BE">命名</a>された別の古陶のことである。</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a>焼は「須恵器に似て、須恵器にあらず」から<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%A6%B5%E6%BB%CB">研究史</a>がはじまった。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="内浦長尾遺跡出土製塩土器 昭和28年出土 このの種"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210317/20210317104642.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210317104642j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable"> <p>内浦長尾遺跡出土製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器 昭和28年出土 「この種の製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器の殆どが細片化している中で、最も原型に近い形で出土した極めて貴重なもの」(『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C4%AE">能登町</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%B8%B2%BD%BA%E2">文化財</a>』)。</p> <p>小木公民館2階、講演会場で(3月13日・土)</p> <p>高さ23・2㎝、横(口部径)15・5㎝</p> </figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="製塩土器を含むレジメ資料2-2"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210317/20210317115326.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210317115326j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器を含むレジメ資料2-2</figcaption> </figure> <p><strong>製塩・レジメ</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="塩づくり、製塩レジメ2-1"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210317/20210317115503.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210317115503j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">塩づくり、製塩レジメ2-1</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="塩づくり・製塩レジメ2-2"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210317/20210317115614.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210317115614j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">塩づくり・製塩レジメ2-2</figcaption> </figure> <p><br /><br /> </p> <p> </p>
  77. アラビアの味 Habibis(ハビビス) YouTube | 新・坊主日記 | 2021/03/17 08:38
    ブラジルでお馴染みのチェーン店アラビアの味 Habibis(ハビビス)今回の「ブラジルさんぽ」はブラジルのチェーン店グルメのお話しです。多分日本には無いアラブ料理のファーストフード・チェーン店です。おいしいですよ!ブラジルに来たときにはぜひ一度はお試しください。 「ブラジル・シュウちゃんねる」↓いいね評価、チャンネル登録よろしくお願いします↓ https://www.youtube.com/user/shuizuhara  テキストの続きはこちらブラジルでお馴染みのチェーン店アラビアの味 
  78. 明野・市之瀬・越坂-吹上 「弘法榧」「熊野社舊跡由緒地」を訪ねる(3月10日・水) | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/03/15 10:41
    <p> </p> <p>3月3日のブログに、弘法榧、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%A7%CC%EE%BF%C0%BC%D2">熊野神社</a>舊跡由緒地碑を尋ねたが探す出せなかった旨を書いた。</p> <p>附に落ちないので、町の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%B8%B2%BD%BA%E2">文化財</a>担当者と連絡を取ったもののはっきりしない。</p> <p>直近に見た人はいないようだし、直近の私自身は180度方向音痴なので今一度確かめに出かけた。</p> <p>榧の方は10年前に撮った写真から、道の上方を探していたのが、ひよっとしたら下方かも知れないと見当を付け、講義会場の様子も知りたいので小木公民館に向かった。</p> <p>お昼近く公民館出発。</p> <p><strong>弘法榧</strong></p> <p>弘法榧は、案内標識が無く道路からは榧があるのかどうかが分からない。このところ大雪による倒木も多いので、榧の存在を示す標識が無いため、もう無いのかも知れないとの思い込みがあったのだが、見つけることができた。</p> <p>私が場所を説明するとすれば、榧の持ち主吹上家から歩いて小木方面に向かう道を下って30㍍程にあります、となる。これは、今まで道路から巨木が見えると思っていたので、実際に辿りついての認識だ。車からは、榧を見つけることが出来ない。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="大師榧20210年3月10日11時34分撮影"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315084247.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315084247j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">大師榧20210年3月10日11時34分撮影</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="「大師山の老榧」説明板 平成11年12月設置"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315084749.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315084749j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">「大師山の老榧」説明板 平成11年12月設置</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="お堂(大師・地蔵尊など安置)と榧"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315085041.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315085041j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">お堂(大師・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%C2%A2%C2%BA">地蔵尊</a>など安置)と榧、突き当たりが吹上家</figcaption> </figure> <p><br />レジメにも載せておいたが<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7%BB%D4">珠洲市</a>と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C4%AE">能登町</a>では国・県指定<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%B8%B2%BD%BA%E2">文化財</a>がほぼ同数であるのに市指定82に対し町は313と4倍近くある。これは元柳田村の指定が多いためで、指定基準がバラバラなまま、町指定に移行しているためである。</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%B2%AD%C3%CF%BF%CC">能登沖地震</a>の後、いつまでも倒れたままになっている<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%B8%B2%BD%BA%E2">文化財</a>を他地区のあちこちで見かけたが、近くで崖崩れもあったという「弘法榧」にも、近年同じようなことがおきているのかも知れない、そしてあまりの指定数に現状把握が出来ていない、と考えても不思議ではない。</p> <p>ともあれ、熊野エリアの北側・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%B8%C0">真言</a>木郎結集に対する南側の象徴・吹上エリアのシンボルとでもいうべき榧が、無事に変わらずにあったことに、感動した。</p> <blockquote> <p><strong>記<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B0%CB%A1%C2%E7%BB%D5">弘法大師</a>所植瓶花榧之事</strong>  <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%B7%CA%DD">天保</a>二(一八三一)年 吹上弘一家文書 『内浦町史』二巻 四九一頁<br />記<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B0%CB%A1%C2%E7%BB%D5">弘法大師</a>所植瓶花榧之事 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%BD%A3">能州</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a>郡表浦海辺有山、濟挙十許町山之半腹有二本之榧樹、周囲一丈四五尺枝葉森々而欝然与尋常之樹木異也、其實大且長殻皮左周旋故世云左巻之榧聞道此地往昔之古伽藍堂塔並甍吾祖<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B0%CB%A1%C2%E7%BB%D5">弘法大師</a>、亦一夏安居而修求聞持秘法、法成就後植壇上所備之瓶花於此処左右両瓶故有榧二本不改枝葉繁茂古今青翠之色者吾<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%B8%C0">真言</a>秘<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%A9%B6%B5">密教</a>法至末代之数千萬歳守護国家利濟民庶之霊瑞也、鳴呼貴哉不可不仰不可不信矣、傳聞其地面廿間四方従御元祖大納言<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%E2%C6%C1%B1%A1">高徳院</a>殿拝領之来、其地主云越坂村助右衛門此家亦是<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B0%CB%A1%C2%E7%BB%D5">弘法大師</a>投錫之家云、去文化四年之春故金龍院(※十二代斉泰)殿有尊虜--欲作碁盤-尋榧之大木於国中、宗玄村忠左衛門訴此樹木之巨細於金城之政府、時故金龍院殿尋其樹木之来由、於焉地主助右衛門具認<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B0%CB%A1%C2%E7%BB%D5">弘法大師</a>求聞持秘法瓶花之家傳来由以上之政府、同年至十月故金龍院殿厳命是此神木也不可敢加斧鉞、堅守護以為国寳焉、今又慎告地主助右衛門令守護此樹永久則非使啻(ただ)国家之武運栄久、抑又汝子孫亦是濟々云爾 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%B7%CA%DD">天保</a>二年卯五月 前<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C1%B1%C4%CC%BB%FB">善通寺</a>誕生院<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%A2%C1%CE%C0%B5">権僧正</a>隆鳳謹書 (包紙上書)「榧榧之由来」 菩提所於満泉寺観悟法印<br /><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B0%CB%A1%C2%E7%BB%D5">弘法大師</a>一千年御遠忌勤修之御為<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%B0%A4%EF%EB%CD%FC">大阿闍梨</a>御下向當家被持成御一宿候時、御作被成下難有頂戴仕候事 </p> </blockquote> <p> </p> <p><strong>熊野社舊跡碑</strong></p> <p> もう一つの碑について。市之瀬からの道が四つ角になる地点数㍍のところに碑がある、と2、3年前に行った人がいう。</p> <p>3日に附近を尋ねた感触では、三叉路に交差している昔の道、と言うべきだとすでに混乱。180度方向音痴なので右側にあるのか左側にあるのかが重要。市之瀬(海)側、乃ち左側にあるはず。道の左側数㍍を確かめる。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="左、上市ノ瀬方面およそ660㍍で集落に。右旧道。カメラは284号小木・時長線。旧道に入る。左だぞ…!"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315094049.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315094049j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">左、上<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%D4%A5%CE%C0%A5">市ノ瀬</a>方面およそ660㍍で集落に。右旧道。カメラは284号小木・時長線。旧道に入る。左だぞ…!</figcaption> </figure> <p>3.40㍍行くと、元は広々としていただろうと思われる場所があった。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="道路からの空間。ここをから岡状になっている地点まで入った。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315093729.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315093729j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">道路からの空間。ここをから岡状になっている地点まで入った。</figcaption> </figure> <p> </p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="「熊野社舊跡」碑。「熊野社舊跡」市之瀬大峠」」とある。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315094555.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315094555j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">「熊野社舊跡」碑。「熊野社舊跡」市之瀬<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%C6%BD">大峠</a>」」とある。</figcaption> </figure> <p>見つかった。</p> <p>昭和55年に刊行した『能都町史』に載せた写真ほとんどそのままと言っていい。小さい碑だと取られるおそれがあるのでぼかすのだが、碑高119㎝、台座を含むと160㎝近くもあり、奥行34、幅66センチの堂々たる碑だった。道路から三段、10㍍くらい入った地点にあった。</p> <p>3~4㍍説に対して、ちゃんとしておかなければと歩数で距離を確かめた。73歩。</p> <p>今の私の歩幅なら、少なめで一歩50センチくらいか?それでも36㍍にはなる。</p> <p>13日に間に合うように帰ってから作図。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="「熊野社舊跡」附近図"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315095920.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315095920j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">「熊野社舊跡」附近図</figcaption> </figure> <p>これで、バッチリ。</p> <p>昼食を取りに九十九湾越坂地内に新しく出来た「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A4%A5%AB">イカ</a>の駅つくモール」で食事をしながら、今一度、構想を練ろうと行ったのだが、なんと水曜日は休業日。</p> <p>次の目的地・西谷記念館を越え、宇出津で昼食。</p> <p>そのあと教え子が館長をしている「藤波テニス<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DF%A5%E5%A1%BC%A5%B8%A5%A2%A5%E0">ミュージアム</a>」のある藤波台運動公園や</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="藤波健民テニスコート近くから"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315101541.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315101541j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">藤波健民テニ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B9%A5%B3%A1%BC%A5%C8">スコート</a>近くの坂道から</figcaption> </figure> <p>越坂出土の「尖底形製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器」の話を確かめるため、やはり教え子が館長をしている「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%CF%C6%B0%E4%C0%D7">真脇遺跡</a>縄文館」を訪ねたりした。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="真脇遺跡縄文館附近、近くにドウブネが集結、坂坦三作品も移ってきた。一大文化ゾーンである。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315104409.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315104409j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%CF%C6%B0%E4%C0%D7">真脇遺跡</a>縄文館附近、近くにドウブネが集結、坂坦道(丘の上のクラーク、恋路物語像など作者)作品群も移ってきた。一大文化ゾーンである。</figcaption> </figure> <p>それらを元に作成したのが以下のレジメ参照写真・図である。</p> <p><strong>レジメ参照写真・図</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="弘法榧、熊野神社由緒碑、熊野社舊跡・市之瀬大峠碑・地図、一遍上人画像・弘安二年熊野夢告讚(初公開、昭和53年頃撮影)"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315103121.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315103121j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">弘法榧、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%A7%CC%EE%BF%C0%BC%D2">熊野神社</a>由緒碑、熊野社舊跡・市之瀬<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%C6%BD">大峠</a>碑・地図、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EC%CA%D7%BE%E5%BF%CD">一遍上人</a>画像・弘安二年熊野夢告讚(初公開、昭和53年頃撮影)</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="宮犬庚申塚(昭和56年。どこにあるのか探し出せなかった例)、月と蓬莱島への展開を意図。白丸芭蕉碑の「靏」が生きてくる)、この日頂いた『能登町の文化財』に載る長尾遺跡出土製塩土器。城ヶ崎台地説明板(2011年撮影。現在無し)"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315103611.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315103611j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">宮犬庚申塚(昭和56年。どこにあるのか探し出せなかった例)、月と蓬莱島への展開を意図。白丸<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>碑の「靏」が生きてくる)、この日頂いた『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C4%AE">能登町</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%B8%B2%BD%BA%E2">文化財</a>』に載る長尾遺跡出土製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%F6%C5%DA">塩土</a>器。城ヶ崎台地説明板(2011年撮影。現在無し)</figcaption> </figure> <p> </p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="越坂集落近くからの蓬莱島。蓬莱島とは何かーも講義の需要テーマ-である。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210315/20210315104745.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210315104745j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">越坂集落近くからの蓬莱島。蓬莱島とは何かーも講義の需要テーマ-である。</figcaption> </figure> <p> </p>
  79. 戦争展「史実は平和へのメッセージ ~無名な人々の姿~」開催中です | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/03/13 23:12
      今月3月13日(土)から3月28日(日)まで、御堂会館1階エントランスにて、戦争展「史実は平和へのメッセージ ~無名な人々の姿~」を開催しています。 各日9時~17時、入場無料でどなたでもご覧い...
  80. 3月20日(土)春季彼岸会法要のご案内 | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/03/12 10:16
    今年度の彼岸は、3月17日(水)が入りとなります。 中日が20日(土)で、明けが23日(火)となっております。 天満別院では、20日(土)13時30分より、 春季彼岸会 並 総永代経法要 兼 墓地納骨(物故者...
  81. ブラジルの夜の怪しい雲の下で散歩 ファビアのデンギ熱(デング熱)について | 新・坊主日記 | 2021/03/11 17:33
    ブラジルの夜の怪しい雲の下で散歩 今回はいまにも雨が降りそうな迫力のある黒雲の下を散歩。ファビアがデンギ熱にかかってしまい、その経過を主に話しています。後日経過は良くなり、再検査の結果やはりコロナではなくデンギ熱でした。 談してコロナ用の薬は控えたのですがそれが正解でした。 続きはこちら  チャンネル登録よろしくお願いします。 please subscribe to my channel Inscreva-se no canal Por favor! ↓いいね評価、チャンネル登録よろしく
  82. 軌道修正 | 遊煩悩林 | 2021/03/11 15:56
    <p>震災の翌年から鐘打してきた「勿忘の鐘」。</p> <p>コロナのこともあって、ご門徒や地域の方々にも呼びかけをせず、先日、中学を卒業した息子と鐘をついた。</p> <p>あの時5つだった子が15の歳に。</p> <p>10年の歳月を想う。</p> <p>復興とは、と。</p> <p>それまであたりまえだった生活、もとどおりの生活を取り戻す。</p> <p>10年前のあたりまえか、50年前のあたりまえか、100年前は。</p> <p>自然の道理に帰っていく方向を復興というような気がした。</p> <p>とすれば、少なくとも私のこの10年は道理に背いた生き方しかしてこなかったということだ。</p> <p>軌道修正の彼岸を迎えたい。</p> <p style="text-align: center;"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/58/d18c7c71dcc5cbb5423e60f3716b5596.jpg" /></p>
  83. 大阪教務所は平常どおり業務を行っております | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/03/10 17:34
    緊急事態宣言の対象地域解除に伴い、 大阪教務所は3月1日(月)より新型コロナウイルス感染症対策を徹底しつつ、 平常どおり業務を行っております。(平日9:00~17:30)   ただし、今もなお大阪府...
  84. 3/10 伝研の会 公開講座 一から読む『浄土論註』第13回 | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/03/08 00:18
    大阪教区伝研の会 公開講座 一から読む『浄土論註』 第13回 はからずも「親鸞」と名のられた越後時代の宗祖。そこにおかれて、生活の現場を目の当たりにされた親鸞聖人は、天親菩薩から曇鸞大師へと受け継がれた浄土論...
  85. ブラジル散歩 お寺の掲示板からスタート! | 新・坊主日記 | 2021/03/03 18:22
    ペンキでお寺の壁にチョークで書くことができるお寺の掲示板に法語を書いています。ここはブラジルなのでポルトガル語で書きますが、日本語も一緒に書いています。そちらの方がブラジル人も珍しがってくれるかな?という期待もあります。散歩の歩数はあまり気にしない方がいいという話をまたしています。こうやって歩きながらおしゃべりしていきながら、現状の自分の行動を再確認できます。歩数に縛られるよりも毎日一歩でも歩いた方がいいよ、とかもしくは一歩も歩かなくったっていいんだよと声に出すことによって自分で自分を縛る
  86. 若山庄木郎郷 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/03/03 15:16
    <p> </p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="「市ノ瀬、越坂の生業と歴史」"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210303/20210303144005.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210303144005j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%D4%A5%CE%C0%A5">市ノ瀬</a>、越坂の生業と歴史」</figcaption> </figure> <p>市之瀬、越坂はタイトルの中心地だった。</p> <p>そのことが分かってきたので、</p> <p>峠にあったという「旧熊野社跡」碑と</p> <p>「吹上六千坊」と言われた伝承を物語る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B0%CB%A1%C2%E7%BB%D5">弘法大師</a>が植えたという通称「大師榧」の巨木の写真を撮るため出かけた。</p> <p> </p> <p>どちらにも、会うことが出来なかった。</p> <p> </p> <p><strong>峠の宮・熊野社旧跡</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="『能都町史』「口頭伝承」(昭和55・1980年)に載せた「熊野社舊跡」碑(峠の宮跡 真脇~羽生の道路沿い)の寺院資料』(抜き刷り、しょうわ)"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210303/20210303150405.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210303150405j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">『能都町史』「口頭伝承」(昭和55・1980年)に載せた「熊野社舊跡」碑(峠の宮跡 真脇~羽生の道路沿い)の寺院資料』</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="熊野社跡はこのあたりのはずだが…。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210303/20210303151043.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210303151043j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">熊野社跡はこのあたりのはずだが…。</figcaption> </figure> <p><strong>弘法榧</strong></p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="「弘法榧」は?"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210303/20210303151209.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210303151209j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">「弘法榧」は?</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="2011年平成23年9月8日撮影"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210303/20210303151511.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210303151511j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">2011年<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%C0%AE23%C7%AF">平成23年</a>9月8日撮影</figcaption> </figure> <p> </p>
  87. あゆみ通信 VOL.145 | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/03/02 19:14
    あゆみの会(第二組同朋の会推進員連絡協議会/細川 克彦 会長)の機関誌『あゆみ通信』(編集:本持喜康事務局長)の第145号(2021年3月1日号)が発行されました。 【第1面】 ▼迷いの身に気づく(藤井善隆「...
  88. 二つの芭蕉句碑ーその二・白丸芭蕉句碑 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/03/01 11:38
    <p> </p> <p>長浜吟行句会のメンバーが聴講の多くを占めておいでになった講義「宝立の月」(2月25日木)。</p> <p>昨日のブログに書いたように、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>百回忌を記念してと言われていた<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>最古の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑「名月や北国日和さだめなき」(門前黒島)が、一〇〇回忌では無く、九〇回忌の時のものだった。</p> <p>となると、100年関係の碑がないだろうか?と訪ねてみたくなる。</p> <p>出会いとはこういうものなのだろう。</p> <p><br />月を詠んだ句では無いものの、宝立公民館館長民山(みんざん)さんに通ずる「民山」とある句碑があるので、話すことがあるかも知れないと思い、その句碑について見直した。<br />なんと、その句碑が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>没後百年の碑だったのである。</p> <p> </p> <p>『伝説とロマンの里』(石川県立飯田高等学校百周年記念)には次のように書いた(217~8頁)。</p> <blockquote> <p><strong>四章 12 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>(ばしよう)句碑</strong><br />○<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C4%AE">能登町</a>白丸「やすらぎ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>教室」敷地内<br />『内浦町史』第三巻に、「鶴の巣も見らるる花の葉越かな はせを」さらに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>と刻むとあるが、下五が欠損しており、刻まれているのは<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>翁の文字である。書体・刻みの深さが同じなので、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>翁だけだった可能性がある。</p> <p>この碑は、新村川原の石垣に積まれていたのを、初崎寅松・大形岩蔵氏たちが宮崎<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>境内に移した。昭和十五年(一九四〇)には俳句愛好会である白丸雅友が発足し、その句碑に参拝したという。</p> <p>裏面に「寛政甲寅(一七九四)初夏富来住凡内民山」「三波」とあり、数奇な経過をたどったにしては、欠損部以外の傷みもなく、いい句碑である。</p> <p>この宮崎の地には江波神社があった。明治四十年に菅原神社に合祀され、跡地に北の向出にあった<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>を移した。その後、白丸小学校の敷地拡大によって<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>は菅原神社そばの小山に移転したが、碑はそのまま元地近くに残り、現在白丸公民館の上、校舎(「やすらぎ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>教室」)右に建っている。</p> <p>牧孝治氏は、「続虚栗(みなしぐり)」の「鸛(こう)の巣もみらるる花の葉越哉」を指摘しておいでる。</p> </blockquote> <p> </p> <p>この碑について、もう少し詳しく見ていこう。</p> <p>○<strong>『内浦町史』第二巻 近世・近代・民俗編</strong>(昭和57年10月刊) 979~980頁</p> <blockquote> <p><strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>の句碑</strong><br />白丸新村と長尾の境の川より上がった<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>の作と言われる句碑がある。<br />「鶴の巣の見らるゝ程の」までは刻まれているがあとはわからない。<br />ある人は「葉越えかな」「茂み」とも言っている。</p> </blockquote> <p><strong>○『内浦町史』第三巻 通史・集落編</strong> 文化と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%D0%EB%DF">俳諧</a>(牧孝治・石川県俳文学協会常任理事執筆)昭和59年・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/1984">1984</a>年10月刊・635頁<br />当町には<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>の碑が二基あって、松波万福寺庭園内の一基。</p> <blockquote> <p>もう一つの句碑は、白丸小学校の校庭に建てられており、もと新村と長尾の境の川なかにあったもの。<br /> 鶴の巣も見らるる花の葉越かな はせを(さらに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>と刻む)<br />裏面に「寛政申((甲))寅初夏富来住凡内民山」「三波」とある。台座を付すも碑面に欠損がある。<br />大正五年(※1916)、白丸<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>からここに再建された。由来などは不詳である。<br />『続(ぞく)虚栗(みなしぐり)』には「鸛(こう)の巣もみらるる((ゝ))花の葉越哉」とある。 </p> </blockquote> <p> 2冊の内浦町史に拠ると、句そのものをは、牧氏は「花の葉越かな はせを(さらに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>と刻む)」と書いているが、私が書いたように、下五以下は、欠損で失われていた。ただ、私が見たのは2012年のことで内浦町史刊行から30年も経ってからのことである。町史執筆の頃には欠損はなかったのでは、とも考えられるが、私の見たのは「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>」ではなく「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>翁」であり、翁を見逃すはずがない。それに前年に地元の人が書いた文には「鶴の巣の見らるる程の」までは刻まれているとあり、以下は欠損していてなかったことを示唆している。<br />これはここまでとしておくが、</p> <p>町史には碑が「川なかにあった」「台座を付す」とある。イメージが涌かない。私の文には</p> <blockquote> <p>新村川原の石垣に積まれていたのを、初崎寅松・大形岩蔵氏たちが宮崎<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>境内に移した。昭和十五年(一九四〇)には俳句愛好会である白丸雅友が発足し、その句碑に参拝したという。 </p> </blockquote> <p> と、極めて具体的に書いている。</p> <p> </p> <p>そこで新たな疑問。<br />町史以上に参考となり、参考にした資料があったのだろうか。</p> <p> </p> <p>昭和60(1985)年3月に『白丸小学校百十年史』が坂下喜久次・高塚隆両教諭が編集主任となり、碑を当地に移した初崎寅松・大形岩蔵氏の特別協力の下で刊行している。10年ほど前の話なのでよく覚えていないが、この本に、碑移動の顛末が書かれていたのだろう。</p> <p>25日講義のあと、26日に、その時お聞きになっていた「長浜吟行句会」の有志さん達と、白丸の碑を訪ねた。<br />前に調査したときは、危なくて後ろの文字をじっくり見ることは出来無かったが、今行って見ると、様相が一変していた。<br />数奇な碑の変転が、その後も続いていたらしい。</p> <p>じっくり見ることが出来、写真も撮れた。碑文は以下のようになるだろう。 </p> <p> </p> <p><strong>[表]</strong><br /><strong> 靍の巣毛(も) <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>翁</strong><br /><strong> 見良類ゝ(らるる)[欠損]</strong></p> <p><strong> [裏左(裏から見て)]</strong></p> <p><strong>     富木住</strong></p> <p><strong>       凡内民山</strong></p> <p><strong>寛  甲寅初夏</strong></p> <p><strong>[裏右]    三波【欠損か】</strong></p> <p>[註] <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>没後、「寛」がつく年号は、寛保、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%B2%B1%E4">寛延</a>、寛政があるが、甲寅は寛政六年しか無い。寛政六年は1794年、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>没後100年である。</p> <p>「三波」は藤波・波並・矢波。</p> <p>[石の大きさ]</p> <p>縦 119㎝ 横 52㎝ 奥行き 63㎝</p> <p>上から見て△状の碑石である。</p> <p> </p> <p><strong>以下写真で変遷を辿る</strong> </p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="1982年昭和57年『内浦町史』第二巻980頁。三巻に「台を付す」とある台が、この石組みの台なのだろう。かつてこのような形で大切にされていたとは、想像も出来ない。次の写真にあるような窮屈な時代を経て、今はのびのびとしているように見える。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210301/20210301105716.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210301105716j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">1982年昭和57年『内浦町史』第二巻980頁。三巻に「台を付す」とある台が、この石組みの台なのだろう。かつてこのような形で大切にされていたとは、想像も出来ない。次の写真にあるような窮屈な時代を経て、今はのびのびとしているように見える。</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="2012年(平成24年)7月13日撮影。この時、「白丸のキャーラゲ」をまとめるお手伝いに行っていたはず。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210301/20210301110310.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210301110310j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">2012年(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%C0%AE24%C7%AF">平成24年</a>)7月13日撮影。この時、「白丸のキャーラゲ」をまとめるお手伝いに行っていたはず。</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="同。白丸小学校の敷地が宮崎公園だったことを示す碑。今思うと五輪が江波神社や観音堂がこの地にあったことを物語っていたのだろう。今は碑と並んで存在を主張している。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210301/20210301110730.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210301110730j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">同。白丸小学校の敷地が宮崎公園だったことを示す碑。今思うと五輪が江波神社や<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>がこの地にあったことを物語っていたのだろう。今は碑と並んで存在を主張している。</figcaption> </figure> <p> </p> <p><strong>以下、2021年(令和3年)2月26日(金)</strong></p> <p> </p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="現在の句碑。芭蕉100年記念碑、白丸宮崎公園芭蕉句碑、さまざまな呼び名が考えられるが、ともあれ現在の句碑。最初の文字は「靍(つる)」だと思うのだが、鸛(こう)なのかも知れない。「靍の巣毛(も) 芭蕉翁 見良(ら)類(る)ゝ[以下欠]だろう。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210301/20210301111450.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210301111450j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">現在の句碑。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>100年記念碑、白丸宮崎公園<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑、さまざまな呼び名が考えられるが、ともあれ現在の句碑。最初の文字は「靍(つる)」だと思うのだが、鸛(こう)なのかも知れない。「靍の巣毛(も) <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>翁 見良(ら)類(る)ゝ[以下欠]だろう。</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="[裏面]下部 富木住 凡内民山 [その左]甲寅初夏"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210301/20210301112315.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210301112315j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">[裏面]下部 富木住 凡内民山 [その左]甲寅初夏</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="[裏面・左]寛"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210301/20210301112632.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210301112632j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">[裏面・左]寛[以下欠] 下の甲寅初夏に続く。寛政 甲寅は1794年。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>没後100年である。</figcaption> </figure> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="長浜吟行句会の方々。吟行句会の方、というだけで文化人に混じった気分になる。次に向かった西谷記念館、羽根万象美術館でも美術の鑑賞の仕方を学んだ。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210301/20210301113237.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210301113237j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable"> <p>長浜吟行句会の方々。2012年の二枚の写真が一堂に。</p> <p>吟行句会の方々と共に、というだけで文化人に混ぜてもらえたような</p> <p>豊かな気分になる。</p> <p>次に向かった西谷記念館、羽根万象美術館でも美術の鑑賞の仕方を学んだ。</p> </figcaption> </figure> <p><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /></p>
  89. あるとかないとか | 遊煩悩林 | 2021/03/01 09:05
    <p style="padding-left: 40px;">これより西方に、十万億の仏土を過ぎて、世界あり、名づけて極楽と日う。</p> <p style="padding-left: 40px;">その土に仏まします。阿弥陀と号す。</p> <p style="padding-left: 40px;">いま現にましまして法を説きたまう。</p> <p style="padding-left: 40px;">- 仏説阿弥陀経 -</p> <p style="padding-left: 40px;"> </p> <p>極楽浄土は西にあると。</p> <p>陽の昇る方向ではない。</p> <p>陽光の沈みゆく彼方である。</p> <p>その彼方の岸を「彼岸」。</p> <p> </p> <p>西に向かって座し、手を合わせる。</p> <p>仏教徒の礼拝のスタイル。</p> <p>臨終時の基本は「頭北面西右脇」。</p> <p>頭を北に、顔は西に、右脇を臥せる。</p> <p> </p> <p>西という方角を知るのに最適な季節は3月と9月か。</p> <p>春分・秋分とも。</p> <p>いずれも彼岸の中日。</p> <p>私の親も祖父母もこの中日をわざわざ「おちゅうにちさま」と言っていた。</p> <p>「御」をつけて、「様」をつけて。</p> <p>それだけ大事な何かに触れてのことだろう。</p> <p> </p> <p>西を知るのに彼岸の時期は最適だが、彼岸はただ季節を表す言葉ではない。</p> <p>「彼の岸」だから、方向を表している。</p> <p>いのちの帰って行く方向。</p> <p>いのちの向かう方向だろう。</p> <p> </p> <p>さて、ネット上のお寺の掲示板に、</p> <p style="padding-left: 40px;">浄土があるのではありません。</p> <p style="padding-left: 40px;">浄土に帰る生活があるのです。</p> <p style="padding-left: 40px;">藤元正樹</p> <p>とあった。</p> <p>調べると、「昭和56年2月20日第1刷発行」とあるから、今からちょうど40年前に東本願寺から発行された同朋選書『解放への祈り』のことば。</p> <p>「浄土があるのではない」と。</p> <p>経典には、西方十万億土の極楽浄土に阿弥陀仏が現にましまして法を説いているという。</p> <p>あるとか、ないとか。</p> <p>『解放への祈り』では、「浄土に帰る生活があるのです」のあと</p> <p style="padding-left: 40px;">そこに、浄土が現成するのであります。</p> <p style="padding-left: 40px;">それが御同朋の世界でありましょう。 </p> <p>と続く。</p> <p>あるとかないとかを信じるのではない。</p> <p>生き方の問題として出現してくる御同朋の世界を浄土と。</p> <p>いのちとその向かう方向が問われ、それに背を向け続けている自分の影が照らし出されてくる。</p> <p>浄土に帰る生活になってないのだ。</p> <p>それでも必ず浄土に迎え入れるという如来のみ光は影をつくらぬ光だった。</p>
  90. 二つの芭蕉句碑-その一・名月塚 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/02/28 21:03
    <p>25日の「宝立の月」講義に、長浜吟行句会のメンバーが聴講の多くを占めておいでになることもあり、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>最古の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑「名月や北国日和さだめなき」が刻まれている名月塚について触れた。</p> <p> </p> <p>石川県立飯田高等学校百周年記念に出版した『伝説とロマンの里』は、飯田高校生の通学エリア内の伝説・ロマンを紹介した書物なのだが、<br />その第4章 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%EB%D4%AE">城址</a>、旧家、碑、民話の12に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑を取り上げた。一項目約1000字。そのまま案内板にしてもいいくらいを目途に書いたもので、<br /><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑は次の文である(同書216頁~<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/218">218</a>頁、下線はここで取り上げる箇所) </p> <blockquote> <p>④12 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>(ばしよう)句碑<br /> <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CF%A2%B2%CE">連歌</a>の発句(ほつく)から、滑稽(こつけい)な誹諧(はいかい)として親しまれていた文芸を、芸術の域にまで高めたのが<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%BE%C8%F8%C7%CE%BE%D6">松尾芭蕉</a>(ばしよう)(一六四四~九四)だった。俳句結社などによって<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑が建てられるが、<span style="text-decoration: underline;"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>では、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>百回忌に建てられた<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%B7%CC%C0">天明</a>三年(一七八三) の「明月塚」「名月や北国日和(ひより)さだめなき」(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CE%D8%C5%E7%BB%D4">輪島市</a>黒島名願寺境内)が最も古いもの</span>で、奥<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>北部では、次の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑や翁塚がある。</p> <p>○常椿寺境内(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C1%E2%C6%B6%BD%A1">曹洞宗</a>、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C4%AE">能登町</a>宇出津)<br />「名月や同じ心のより処 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>」。年代不詳。参道階段を登り詰めた左側にある。句碑の前に「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>翁句碑」と書いた案内石が建っている。</p> <p>○<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%BE%E8%BB%FB">大乗寺</a>境内(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%FC%CF%A1%BD%A1">日蓮宗</a>、同宇出津)<br />「秋も早(は)やばらつく雨に月の影 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>」昭和三十四年建立。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%BE%E8%BB%FB">大乗寺</a>では元禄頃の俳壇に関わった七世日昌、寛政年中に句会を催した十四世法随(俳号竹姿)を輩出しており、『鳳至郡誌』では、竹姿が建てたのだろうとしている。</p> <p>○万福寺(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C1%E2%C6%B6%BD%A1">曹洞宗</a>、同松波)<br />「黄鳥や柳のうしろ薮の前 はせを(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>)」 万福寺庭園内。牧孝治氏は『内浦町史』第三巻で「続猿蓑(さるみの)集」に「鶯や柳のうしろ薮のまえ」があることを指摘しておいでる。</p> <p>○<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C4%AE">能登町</a>白丸「やすらぎ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>教室」敷地内<br />『内浦町史』第三巻に、「鶴の巣も見らるる花の葉越かな はせを」さらに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>と刻むとあるが、下五が欠損しており、刻まれているのは<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>翁の文字である。書体・刻みの深さが同じなので、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>翁だけだった可能性がある。この碑は、新村川原の石垣に積まれていたのを、初崎寅松・大形岩蔵氏たちが宮崎<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>境内に移した。昭和十五年(一九四〇)には俳句愛好会である白丸雅友が発足し、その句碑に参拝したという。裏面に「寛政甲寅(一七九四)初夏富来住凡内民山」「三波」とあり、数奇な経過をたどったにしては、欠損部以外の傷みもなく、いい句碑である。この宮崎の地には江波神社があった。明治四十年に菅原神社に合祀され、跡地に北の向出にあった<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>を移した。その後、白丸小学校の敷地拡大によって<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>は菅原神社そばの小山に移転したが、碑はそのまま元地近くに残り、現在白丸公民館の上、校舎(「やすらぎ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>教室」)右に建っている。牧孝治氏は、「続虚栗(みなしぐり)」の「鸛(こう)の巣もみらるる花の葉越哉」を指摘しておいでる。 <br />※大正五年(一九一六)、白丸<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%D1%B2%BB%C6%B2">観音堂</a>からここ(校庭)に再建された。</p> <p>○上戸寺社「翁碑」<br /> <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7%BB%D4">珠洲市</a>内には<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑はなく、上戸町寺社、逆さ杉の東側に「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>(ばしよう)翁(おう)」の翁碑がある。県最北の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>関係の碑である。ここには『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%BE%C0%D7">名跡</a>志』を著した太田道兼の歌碑もある。</p> <p> なお、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D9%BB%B3%B8%A9">富山県</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%EE%C5%D7%BB%D4">南砺市</a>井波に、伊賀(いが)上野(うえの)の故郷塚、義仲寺の本廟(ほんびよう)とともに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>(ばしよう)三塚(さんづか)の一つとされている翁塚がある。この翁塚は黒髪庵の境内(けいだい)にあり、元禄十三年(一七〇〇)に、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>(ばしよう)の門弟(もんてい)であった井波<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%F0%C0%F4%BB%FB">瑞泉寺</a>第十一代浪化(ろうか)が、師を慕(した)って建てた碑である。台座に「是本邦翁塚始也矣(これほんぽうおきなづかはじめなり)」とある。二年後の元禄十五年には<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>の遺髪(いはつ)も塚に納められた。</p> <p> </p> </blockquote> <p>レジメを作るとき、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>の没年を入れたところ、百回忌では無く、九〇回忌であることに気づいた。<br />有名な「名月塚」である。先行文は多いはずで、何かを見て百回忌と書いたはず。また、結社が句碑を建てるのに百回忌は疑いようも無くふさわしい。</p> <p>先行文で、引用したのではないかと考えられるものを調べた。</p> <p> 『新修<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%E7%C1%B0%C4%AE">門前町</a>史通史編』(平成十八年一月)の420頁に載っていた。執筆者は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%D0%C0%EE%B9%E2">石川高</a>等専門学校教授 高島要氏</p> <blockquote> <p><strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>追善の「名月塚」</strong><br /><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%B7%CC%C0">天明</a>三年(一七八三)珠トは、俳聖<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>の百回忌にちなんで追善供養の「名月塚」碑を建立した。<br />「名月塚」の碑面には、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>の『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%FC%A4%CE%BA%D9%C6%BB">奥の細道</a>』から「名月や北国日和さだめなき」の句が刻まれ、その縁起及び除幕に寄せられた上地の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%D0%BF%CD">俳人</a>たちの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>追悼句を、玞卜自ら記したのが自筆稿本『名月塚』の巻頭である。これに並ぶ黒島社中には、玞卜の息子の破井、妻の文遊、文朝、麦秀、恰水など一三人。名願寺住職の為本が践文を添えた。黒島社中はまた同年、加賀の河合見風追悼句集にも揃って選ばれたりもしている。句集『名月塚』には、その後も寛政三年(一七九一)秋頃までにわたって、京都や金沢など全国各地から名月塚に参詣来遊した<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%D0%BF%CD">俳人</a>たちの献句が記される。玞卜は俳譜を加賀の蘭更に学び、京都の甫尺とも交遊をもった。また、浪速の芳園の撰「俳譜百家仙」に連なり、全国にその名を馳せた、</p> </blockquote> <p>ここに百回忌とある。</p> <p> </p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑を建てるのは自ら句の上達、あるいは結社の繁栄を願ってであり、すでに俳聖的扱いとなっている<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>を追善することなどあり得ない。</p> <p>しかし、句集『名月塚』のどこかに碑の建立者・玞卜が書いていれば別なので、同町史資料編3近世編(P303)に載る『句集名月塚』の序文を見た。</p> <blockquote> <p>名月や北国日和さためなき <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a><br />彫刻 玻井 </p> <p><strong>序</strong><br />祖翁は伊賀の国柘植郷の産<br />(中略)<br />されば我輩其高情を感するに幸いなるかなことし<br /><span style="text-decoration: underline;">百歳の回忌に満ければ</span><br />名月や北国日和さためなき と<br />越の角鹿の一章(※?)有今龍松山の境内に碑をもふけて<br />彼句を石碑の銘にあらはしおの〳〵<br />其むかしをしとふのみ<br />于時 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%B7%CC%C0">天明</a>三卯年 於龍松山建之 </p> </blockquote> <p> とあって、追善らしき表現は、当然なかった。</p> <p>「むかしをしとふ」は追慕であって、他力を眼目とする<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%BD%A1">真宗</a>龍松山名願寺境内に自力行の作善碑を建てるはずがないのである。</p> <p> </p> <p>それはそうとして、玞卜の著したこの書が「百回忌」となっている。</p> <p> </p> <p>この前のページに高島氏の概説があり、</p> <blockquote> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>の百回忌(この年は実は九〇回忌)に因み追善供養の翁塚「名月塚」碑を建立したときの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>追悼句集である。 </p> </blockquote> <p>とあるのに、一般の我らが見るとすれば通史であろうが、その通史に「百回忌にちなんで」としか表現されなかったのは、残念なことである。</p> <p> </p> <p>この碑は、相当傷んでいて、かなり前から句を読み取ることが出来ない状態だったが、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%B2%AD%C3%CF%BF%CC">能登沖地震</a>での黒島の被害は大きく、龍松山の道は崩壊し、お寺の本堂も傾き、庫裏は建て直さなければならない状態になった。</p> <p>昨年9月15日に久しぶりに名願寺さんを訪ね、復興なった碑を見た。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="名月塚。「芭」だけが読み取れる。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210228/20210228205254.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210228205254j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">名月塚。「芭」だけが読み取れる。2020年9月15日撮影。</figcaption> </figure> <p>真ん中の「芭」しか読めないが、句集『名月塚』巻頭に句碑の絵が載っている。<br />そこには </p> <p>  <strong>名月や北国日和</strong></p> <p><strong>     <span style="font-size: 200%;"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a></span></strong></p> <p><strong>      さ多免なき</strong></p> <p><strong>        彫刻 玻井</strong></p> <p>とある。</p> <p><strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>九〇回忌を記念して、玞卜が建てた「名月塚」が、龍松山名願寺境内にある。</strong></p> <p> ということである。</p> <p> </p> <p>百回忌の碑は無いのだろうか?</p> <p>それは、その二・白丸<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%CE%BE%D6">芭蕉</a>句碑で…。</p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2020%2F09%2F17%2F205035" title="満月物語―輪島ロータリ卓話ー9月15日(火) - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2020/09/17/205035">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p> <p> </p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2019%2F05%2F13%2F105809" title="黒島 明月塚 - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2019/05/13/105809">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p>
  91. 真宗典籍 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/02/26 12:42
    <p>25日(木)宝立公民館で講演したことはその日にアップした。</p> <p>講義の始まる少し前に、待機していた事務室に、一人の女性がおいでになり、二冊の和本をお見せになった。</p> <p>一人暮らしの友だちのところにほこりだらけの汚いのが100冊ほどもあって、西山先生に見てもらおうと、埃を落として持参したと、おっしゃる。</p> <p>見ると、四帖疏玄義分を解説した一冊、もう一冊は廣本~とある。</p> <p>それで、善導大師のお書きなった観経解釈本の説明、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%C6%F3%C2">親鸞</a>聖人のお書きになった御本の説明本ですね。</p> <p>筆写された本なので、大切にしておいてくださいと伝えて下さい。</p> <p> </p> <p>ところが、汚いし何が書いてあるかも分からないし、跡継ぎもいないし、</p> <p>今日ゴミ捨ての日なので捨てる、とゴミ場に行くところだったので、ともかく見てもらおうと持ってきた。</p> <p>家に置いておくつもりはないのです。</p> <p>とおっしゃるので、(焼却しないで)残しておかなければならないですよ、と言ってはみたものの、</p> <p>残すにはどうしたらいいかが出てこない。</p> <p>講義の時間は近づく。</p> <p> </p> <p>結局、預かるしかなくなり、</p> <p>講義を終えてから、持ってきた方(知り合いの奥さんだった)、館長と共に持ち主のお宅に行き、預かってきた。</p> <p>それが、この冊子類である。</p> <p>79冊ある。</p> <p>どうしよう……</p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210226/20210226124104.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210226124104j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210226/20210226124128.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210226124128j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210226/20210226124153.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210226124153j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p> </p>
  92. 薄情 | 遊煩悩林 | 2021/02/26 10:06
    <p>「遊煩悩林」のアイコンを飾っているキャラクター。</p> <p>今年19歳になる寺♂ネコが行方不明。</p> <p>ここ最近、痩せ気味で、抱くと背骨のゴツゴツが顕著に。</p> <p>思えば、最近よくミャーミャーと言っていた。</p> <p>病院に連れて行こうだの、歳とっただの言っておりました。</p> <p>昨日、行われた門徒会研修の序盤、本堂に入りたくて「ミャー」と。</p> <p>「ダメダメ」とリビングへ。</p> <p>研修会後、トボトボ歩く姿は目撃されたものの、いつもは必ずいるはずの時間になっても帰ってこない。</p> <p>暗中模索したが気配なく、朝から範囲を拡大して捜索したものの。</p> <p>雨があたってきた。冷たい雨です。</p> <p>どこかで養生してくれてるといいのですが。</p> <p>心配するしかない薄情を思う。</p> <p style="text-align: center;"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/20/d5c21b182caef4ce9cf8e6a8652b81b6.jpg" /></p> <p style="text-align: right;">今月1日の様子</p>
  93. 宝立の月ー2月25日(木)=旧暦1月14日 | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/02/25 21:22
    <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210225/20210225211958.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210225211958j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>先端は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0%C4%AE">能登町</a>赤崎。半島の向こうは鹿泊、比那。比那には<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%BE%B9%D4">西行</a>・松島の見仏上人と出会ったという仏穴(『撰集抄』)がある。</p> <p> </p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210225/20210225212030.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210225212030j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>長浜八景(『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%BE%C0%D7">名跡</a>志』)では、吼木晩鐘、黒峰暮雪、飯田夕鐘、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%FD%C5%E7">蛸島</a>帰帆、雲津<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CD%EE%B4%E7">落雁</a>と続く。</p> <p> </p> <p>今日、宝立(ほうりゅう)公民館で講義</p> <p>タイトルは「宝立の月」。</p> <p>最初の話は「千代尼の俳句」だった。</p> <p>午前中 吟行をした長浜俳句会のメンバーの方々も聴講なさった。</p> <p>私は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%BE%C3%AB%B7%BC%BC%A3">西谷啓治</a>氏の「奥<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の風光」にある家持の「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7">珠洲</a>の海に朝開きして~長浜の浦に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%EE%BE%C8">月照</a>りにけり」から</p> <p>見附島が藩政期の藩への書上げが、すべて見月島となっていることをお話し、</p> <p>「宝立の月」を語ることにした。</p> <p> </p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%BE%C3%AB%B7%BC%BC%A3">西谷啓治</a>氏は、唯一の子供の頃の思い出を書いた「奥<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の風光」の後半部に、後年、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>をたずねたときのバス越しに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CE%A9%BB%B3">立山</a>が見えた光景に</p> <blockquote> <p>その山と海と空と、それら全体の風光は、やはり地上のものとは思えない神秘な美しさであった。 </p> </blockquote> <p> </p> <p>と書いておられる。氏が乗ったは松波から小木に向かうバスで、宝立は外れているので、レジメにはその部分を削除したのだが、</p> <p>講義前に見附海岸に寄ったところ、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CE%A9%BB%B3">立山</a>が見えた。シャッターを切ってまもなく、雲が覆いぼや-となった。</p> <p> </p> <p>下はレジメ。</p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210225/20210225212128.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210225212128j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p> </p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210225/20210225212206.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210225212206j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210225/20210225212313.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210225212313j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210225/20210225212350.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210225212350j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p> </p>
  94. 頂いた竹の子を初めて自分で焚いてみました。竹の子ご飯つくりました! | 新・坊主日記 | 2021/02/25 14:08
    記事はこちらのブログに詳しく書いているのでみてくださいね! 記事はこちらのブログに詳しく書いているのでみてくださいね! 何もかも初めてでしたが、YouTubeやネット検索でなんとか仕上げることができました。  妻のファビアも喜んでくれました!🤗竹の子は目にもいいそうなのでもっと積極的に食べていこうと思います。ごちそうさまでした!! チャンネル登録よろしくお願いします。 please subscribe to my channel Inscreva-se no canal Por fa
  95. 小さな小さな旅ー猿鬼ー宮・大箱ー | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/02/25 07:08
    <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="猿鬼の宮=岩井戸神社 社紋が「三ツ矢」。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210225/20210225065435.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210225065435j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">猿鬼の宮=岩井戸神社 社紋が「三ツ矢」。</figcaption> </figure> <p>道幅を知らせるポールが真ん中に立っている。豪雪地帯だ。</p> <p> </p> <p>22日今月初めて遠出した(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%A9%BA%F0">羽咋</a>まで)。</p> <p>帰りに柳田・猿鬼の里を通った。</p> <p>どこかでー猿鬼ー、ブログだと節分で扱ったし、二日ほど前、書斎「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%E9%CE%B6">臥龍</a>文庫」で『日本「鬼」総覧』をめくったら、いっぱい知り合いが書いていることを知って、オオオ!と思ったことなどがあって、道を変更したのだ。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="大箱 撃たれた猿鬼が傷を癒やそうと車前草(おおばこ)を採取した地。「大箱」の地名になったと伝承。この奥800メートルに「鬼塚」。さらに5キロで泰澄伝説のある鉢伏山。"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210225/20210225065845.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210225065845j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable">大箱 撃たれた猿鬼が傷を癒やそうと車前草(おおばこ)を採取した地。「大箱」の地名になったと伝承。この奥800メートルに「鬼塚」。さらに5キロで泰澄伝説のある<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%AD%C9%FA%BB%B3">鉢伏山</a>。</figcaption> </figure> <p>我が家は春の気配。</p> <figure class="figure-image figure-image-fotolife mceNonEditable" title="梅の花、椿"> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210225/20210225070352.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210225070352j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <figcaption class="mceEditable"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%DF%A4%CE%B2%D6">梅の花</a>、椿</figcaption> </figure> <p> </p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2021%2F02%2F02%2F234230" title="伝説の風景ー節分ー鬼(猿鬼・鬼神)、能登を訪れた人々ー常田(ときた)富士男さん - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2021/02/02/234230">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p> <p> </p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2008%2F10%2F12%2F194215" title="「猿鬼伝説」の地ー合鹿・五十里・当目・駒寄・大箱・一布 - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2008/10/12/194215">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p> <p> </p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2018%2F10%2F26%2F220041" title="磐井戸山願生寺さん - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2018/10/26/220041">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p> <p> </p> <p><iframe src="https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fumiyamabusi.hatenadiary.com%2Fentry%2F2007%2F06%2F11%2F022429" title="猿鬼の宮と同じ紋を有するお寺ー浄願寺さんーー輪島市 - 能登のうみやまブシ=西山郷史" class="embed-card embed-blogcard" scrolling="no" frameborder="0" style="display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;"></iframe><cite class="hatena-citation"><a href="https://umiyamabusi.hatenadiary.com/entry/2007/06/11/022429">umiyamabusi.hatenadiary.com</a></cite></p> <p> </p> <p> </p>
  96. 2020年度第2回坊守会定例学習会をYouTubeにUPしました。 | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/02/24 10:14
    2020年度第2回坊守会定例学習会を開催いたしました。(全4回) 今回の講義はYouTubeにてご覧いただけます。 なお、藤原先生には動画公開の許可を得ており、どなたでもご視聴いただけます。 ぜひご覧ください...
  97. 2月の「パソコン相談室」もお休みさせて頂きます | 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区「銀杏通信」 | 2021/02/22 15:46
    「緊急事態宣言」継続に伴い、2月25日(木)の「パソコン相談室」もお休みとさせて頂きます。(2/11は祝日の為お休みでした) 「パソコン相談室」はありませんが、実行委員でWeb会議なども実験しています。 メー...
  98. 写真が語るもの | 能登のうみやまブシ=西山郷史 | 2021/02/21 10:51
    <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210220/20210220085521.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210220085521j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>例年なら、春<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%AB%B2%BD">勧化</a>(はるがんけ)の準備にいそしんでいる頃だが、御<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%E7%C5%CC">門徒</a>宅の地域御座(おざ)である春<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%AB%B2%BD">勧化</a>は、待ち焦がれた春の息吹を感じながら行う、どこかこころ弾む行事であるがゆえに、密閉・密集・密接のいわゆる3密は避けられず、中止せざるを得なくなった。</p> <p>そのぶん時間があるので、ボツボツといろんなものを整理している。</p> <p>上にあげた写真は、メンバーから日本宗教民俗研究会関係だということは見当が付いていたが、いつの何の写真かは分からないままでいた。</p> <p>これに違いないと、昔のdeskdiary見ながら写真裏に書き込んでおいたのが</p> <blockquote> <p>平成元年12月16日(土)、1C・3E授業の後、京都へ。</p> </blockquote> <p>だった。</p> <p> </p> <p>この年、内浦6校の執行委員を引き受けており毎週木曜ごとに金沢で執行委員会、校務分掌は進学(主として補習担当)、クラブは22・23日のテニスインドア大会で団体2位、(ちなみに翌年2月17・18日<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%E5%B1%DB">上越</a>リージョン・プラザでの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%CC%BF%AE%B1%DB">北信越</a>大会では、飯田4:0富山、4:2三条、4:2県工、2:4?で3位)、引率顧問でなく一緒に練習・試合をするタイプだったので、なんやかんやとめちゃめちゃ忙しかったはずなのに、12月16日(土)の18時からの宗教<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%C2%AF%B3%D8">民俗学</a>会会議に参加している。</p> <p> </p> <p> その日のことが整理中の「日本宗教<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%C2%AF%B3%D8">民俗学</a>研究会通信 第0号」(1989年12月16日)に載っていたので、引用する。</p> <blockquote> <p>○日本宗教<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%C2%AF%B3%D8">民俗学</a>研究会の発足経過について</p> <p>以前から御案内がありました「日本宗教<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%C2%AF%B3%D8">民俗学</a>研究会」の発足について、去る12月16日(土)午後6時から、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%D0%A5%F3%A5%C6%A5%A3">アバンティ</a>ホール会議室において、御賛同を頂いた28名のうち、次の会員の方が出席して、当会の発足次第(案)について、第一回目の検討をいたしましたので、御通知致します。</p> <p>〔出席者〕日野西真定、伊藤芳江、山田知子、斉藤寿始子、栖川隆道、豊島修、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%BE%BB%B3%B6%BF%BB%CB">西山郷史</a>、木場明志、中川義晶、大<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%B9%B7%C3%BB%D2">森恵子</a>各氏の10名 </p> </blockquote> <p>  この時、役員が決められ、次の人が役員になっておられる。</p> <p>会長 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%DE%CD%E8%BD%C5">五来重</a> 幹事(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%A4%CF%C3%BF%CD">世話人</a>)日野西真定、吉田清、豊島修、木場明志、大<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%B9%B7%C3%BB%D2">森恵子</a>、</p> <p>会場設営係 山田知子、斉藤寿始子 会計係 中川義晶 記録係 大<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%B9%B7%C3%BB%D2">森恵子</a></p> <p> </p> <p>フーンだが、記憶にないとはいえ、当方のメモ書きと通信の記録があるのだから参加していることは間違いない。</p> <p>写真には日野西氏(以下敬称略)、豊島、木場、大森、山田、中川が写っており、斉藤さん(実際は斎藤)と吉田さんは分からない。</p> <p>これもさらに、かつてだが、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%C3%AB%C2%E7%B3%D8">大谷大学</a>の児童文化クラブ員で斎藤先生に習っていた方に、この写真を見てもらったのだが斎藤さんは入っていないという。</p> <p>それに、名畑先生が2列目に立っておいでるのに、私がスーツを着て一列目に座っているのは、偉そうだなァーの疑問はあったのだけど、</p> <p>よく遠くから来たなぁーと歓待され、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の人」だけで通ることがあったので、この時も<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>先端の人の威力で前に座ったのだろう、と納得していた。 </p> <p> </p> <p>じっくり、宗教<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%C2%AF%B3%D8">民俗学</a>研究会通信を見ていくと、ナ、ナ、ナーンと</p> <p>日本宗教<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%C2%AF%B3%D8">民俗学</a>研究会第一回大会で発表しているではないか!</p> <p>発足からほぼ1年半後の1991年6月15日(土)である。</p> <p> </p> <p>~たら、ればはないのだが、これが翌年の6月だったら、14日(木)<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%BF%C5%DA%BB%CB">郷土史</a>クラブを引率して<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%C3%B2%EC%BB%D4">加賀市</a>へ、15日授業の後、テニス<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%CC%BF%AE%B1%DB">北信越</a>大会の打ち合わせ。16~18日<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%CC%BF%AE%B1%DB">北信越</a>大会。</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%C4%C2%CE%C0%EF">団体戦</a>で飯田3:0富<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B3%C5%EC">山東</a>、2:1長野伊那弥生ヶ丘、2:0<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B1%A9%BA%F0">羽咋</a>、決勝2:0県工と、石川国体強化校を破って優勝していた時なのだ。</p> <p>会場が能都(当時は能都)町テニ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B9%A5%B3%A1%BC%A5%C8">スコート</a>だったので、女子の方の決勝審判を飯田高校の一年生テニス部員がしていた。男子が先に優勝が決まったので、彼らは審判席でたまらず万歳をして、本部席の他校監督たちから笑顔の顰蹙を買ったものだった。</p> <p>その翌年の同時期、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%C3%AB%C2%E7%B3%D8">大谷大学</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%BF%CC%DC%C5%AA%A5%DB%A1%BC%A5%EB">多目的ホール</a>というところで、研究発表をしていたのだ。</p> <p> </p> <p><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/umiyamabusi/20210220/20210220085605.jpg" alt="f:id:umiyamabusi:20210220085605j:plain" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image" /></p> <p>あらためて写真を見てみよう。</p> <p>前列右から(敬称略)、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%C4%C3%E6%B5%C1%D7%A2">田中義廣</a> 、中澤成晃、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CE%EB%CC%DA%BE%BC%B1%D1">鈴木昭英</a>、日野西眞定、豊島修、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%BE%BB%B3%B6%BF%BB%CB">西山郷史</a>、?</p> <p>二列目 ?、根井浄、名畑崇、?、大<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%B9%B7%C3%BB%D2">森恵子</a>、?、?、中川義晶</p> <p>三列目 ?、?、?、?、本林靖久、山田知子、?、木場明志、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%E4%C5%C4%C7%EE">岩田博</a>(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%E4%C5%C4%BD%F1%B1%A1">岩田書院</a>社長)</p> <p>分からない人も多いとはいえ、この時の写真に間違いない。</p> <p> </p> <p>プログラム3が〔記念撮影〕となっている。</p> <p>一列目に座っている理由もはっきりしたし、よく見れば、12月にしちゃ涼しげな服装の人が多いじゃないか。</p> <p>ちなみに、前列右端の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%C4%C3%E6%B5%C1%D7%A2">田中義廣</a>さんはまつり同好会を主催しておられ、「まつり」「祭り通信」を発行なさっていた。祖母が日本最初の女医、あるいは女医が建てた病院だとかといい、名古屋のお医者さんだった。</p> <p>気が合って一度、日銀のパリ支店長の逆、パリ銀行の日本支店長とか言う人と若きフランス人二人ほど、パリの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%BB%B3%DA%B3%D8">音楽学</a>校ピアノ科を主席で卒業し、帰国してまもなくだという<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%AD%C5%E7%CD%AD%C8%FE%BB%D2">鮫島有美子</a>氏の妹が泊まっていったことがある。</p> <p>外国人は派手な生活をしているのだろうと思っていたのが、ビールの飲み方<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%AB%A4%E9%A4%B7">からし</a>て質素なのに驚いたものだった。</p> <p>ちなみにのちなみにで、我が家に泊まって行かれたビックスリーはこの田中さん、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%DE%CD%E8%BD%C5">五来重</a>先生、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%B7%D1%BF%AD%C9%A7">真継伸彦</a>氏としている。</p> <p> </p> <p>研究発表のプログラムを見ると私だけ手書きになっている。</p> <p>日々がそのまま流れていたら、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%CC%BF%AE%B1%DB">北信越</a>大会で優勝したメンバーに、全中で優勝したメンバーが二年生となっていて、さらに強力な布陣を擁するテニス部顧問なままだったら、この日、そこにいなかったはずだ。</p> <p>こはいかに?</p> <p> </p> <p>この年の2月13日、風邪気味だった父の熱が下がらず、義父の七回忌で連れ合いの里・東京赤羽から帰るのを待って、父は七中時代の同級生神野さんの経営する病院(神野病院改め恵寿病院)に検査入院した。</p> <p>前々から神野さんは父に、70になったのだし一度検査に来いよ、と言っていたその約束もあって、楽しみながら入院したのだった。</p> <p> </p> <p>2月15日授業を終え、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%E5%B1%DB%BB%D4">上越市</a>で行われるテニスインドア大会<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C4%BF%CD%C0%EF">個人戦</a>に出場する東崎・稲谷君を車に乗せ、総体の飯田高校宿にしている金沢の「みな美」旅館に向かった。</p> <p>途中病院に寄って見舞ったら、確か血液検査中だとのこと。17日午前中で試合を終え、高岡あたりから風雪が激しくなる中、鵜川中出身の二人を鵜川で降ろし、家に着いたのが午後9時。</p> <p>当時、公立高校では特色ある学校作り事業ということをやっており、飯田高校は夜・中央公民館を主会場に、教員の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%F8%B3%AB%B9%D6%BA%C2">公開講座</a>をやっていた。</p> <p>その人選。テーマなどを私がやっていたため、翌18日はその会議ため雪道を金沢へ(会場はノートに書いてない)。</p> <p>この日、新潟、青梅付近は列車が通らず、飯田からは馬渡の坂を車が登れず、海岸通りへ迂回して午後の会議に。</p> <p>帰りに病院へ寄り、若い担当医に詳しく様子を聞くと、半年くらい入院しなければならないのではないか?とおっしゃる。</p> <p> </p> <p>半年!</p> <p> </p> <p>4日後の、22日から昼・夜の春<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%AB%B2%BD">勧化</a>が始まる。</p> <p>校務分掌ーこの時は進学係、</p> <p>テニスと<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%BF%C5%DA%BB%CB">郷土史</a>のクラブ顧問、</p> <p> </p> <p>それに1月だけで「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%A1%BD%BB%BB%FB">法住寺</a>縁起について」30枚『北陸の民俗』、「オザ」に見る農民の宗教活動」21枚、「奥<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>地方にみるアエノコト行事」26枚、以上『人づくり<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%F7%C5%DA%B5%AD">風土記</a> 石川』、緊急調査諸職の原稿見本「ホウライ飾り」12枚を書き上げ、</p> <p>日本宗教民俗研究会から木場氏を通して「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%BD%A1">真宗</a>と宗教民俗」の依頼も入っていた。</p> <p> </p> <p>翌19日、授業を終え、帰宅してから6ヶ月の重みに耐えられるか?</p> <p>ギリギリの現状に父の代わりの僧としての仕事、</p> <p>七尾への見舞いーなど</p> <p>そのような今後引き受けていかなければならないことを考え、来し方を本堂<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%A4%CC%EF%C2%CB">阿弥陀</a>様の前で思い、</p> <p>19年の教員生活を退くしか方法がないのでは、との結論に達した。</p> <p> </p> <p>その後、人事異動に影響が出ない頃に退職の意思を伝えるとすれば、を調べると3月1日がギリギリらしく、</p> <p>26日、弟に辞める旨を電話した。</p> <p>「どっちでもいいけど することあるがか?」</p> <p>「本、読んどってもいいもんな」と応答している。</p> <p>自分を納得させるのに「本」を使っている。</p> <p> </p> <p>3月1日。県教委に退職願いを提出。</p> <p>同日病院へ行き、父にその旨を伝えた。</p> <p>いつ寝ているか分からないような私の日々を知っているだけに、</p> <p>父は「寺もヒマやぞ」と、一言だけ言葉にした。</p> <p> </p> <p>8日(金)誰も知らないが、私にとって最後の卒業式。</p> <p>9日(土)父の実家・江曽のいとこと見舞う。家へ帰るぞ!と、ベッドから降りよう</p> <p>としたので、もう少し見てもらってからね…と慰める。</p> <p>翌10日(日)には弟が東京から見舞い、夜行で帰る。</p> <p>この日は午前中お年忌、金大の合格者発表日だったため、16時半頃合格者たちが学校に報告に来、その生徒たちと対応。</p> <p> </p> <p>ところが、翌11日、朝6時に病院にいる母から電話が入り、父の容態がおかしいという。</p> <p>連れ合いと七尾を目指すが、やはり馬渡は雪で上がれず、海沿い道に出て七尾へ向かい、途中の公衆電話から年休願いを教頭さんにしたのだが、すごく不服そうだったので、この日が入試当日だったのだと今の今まで思っていたのだが、11日は準備日だった。</p> <p>病院へ着いたとき、父はすでに息を引き取っていた。</p> <p>示寂7時2分。</p> <p>弟は上野について、まもなく父の西帰を知らされトンボがえり。</p> <p> </p> <p>写真に戻る。</p> <p>6月15日は、教員ではなかったのだ。それどころか、父の100日法要3日前。</p> <p>13・14日は、輪島へ通い、宗教法人の住職として必ず有していなければならない資格・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%C9%B2%D0%B4%C9%CD%FD%BC%D4">防火管理者</a>の講習を受けていた。</p> <p>発表タイトルを考え送っている余裕などなかった。そのことが手書きのタイトルに表れている。</p> <p> </p> <p>ノートを見ると木場氏の依頼の後、4月11日(木)に豊島さんから原稿の催促を頂いている。</p> <p>その日は父の月忌命日のお参り、本山収骨をどうすればいいかを教務員から聞き、責任役員任命のための印を総代さんから集める、などで、申し訳ないが豊島さんの願いを記憶に留めておけないような環境変化だったのだ。</p> <p>この時、ちゃんと原稿をお渡ししていたら、宗教民俗研究会は私の中に、もっと大きく生き続けていただろう。</p> <p>その後は、調査する立場から、調査対象の中に身を置くことになって、お寺行事の季節の調査は出来ず、いくつかの市町村史調査も、おのずから宮・まつり・コト関係調査に比重が移っていった。</p> <p> </p> <p>そのころよく使った、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%EC%A4%EA%C9%F4">語り部</a>・古老そのものに、今の自分がなっている。</p> <p>今年で、ちょうど満30年を迎える「写真が語るもの」である。</p> <p> </p> <p> ところで、初期のメンバーにはどういう人たちがおいでるのか、2号(1990年1月)以下に載る例会参加者を見ていくと、</p> <p>栖川隆道、須田勝嶄仁、根井浄、横山俊夫、吉田清、石川稔子、山香茂、上別府茂、木村至宏、本林靖久、菊地武、平野寿則といった方々の名が見え、9号に</p> <p>これも何と、私が例会に参加している。</p> <p>1990年8月例会で、この年の夏期休暇中は連日の補習、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%BF%C5%DA%BB%CB">郷土史</a>クラブは秋の学校祭に向けて<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%EE%BD%A7%BB%D4">珠洲市</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%FD%B8%A4">狛犬</a>調査、テニスは4日から8日に開かれた仙台イン<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%BF%A1%BC%A5%CF%A5%A4">ターハイ</a>に鳥毛兄弟チーム引率。途中東京で『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CF%A1%C7%A1">蓮如</a>と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%BD%A1">真宗</a>行事』(オリエントブックス)を出版することになっていた木耳社に寄っている。</p> <p>この本は日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%C2%AF%B3%D8">民俗学</a>167号(昭和61年9月)に載った「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%BD%A1">真宗</a>と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%B4%D6%BF%AE%B6%C4">民間信仰</a>の研究ー<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B3%A5%F3%A5%B4">コンゴ</a>ウ参り習俗を通してー」を軸にしたもので、オリエントブックスに『生と死の民俗史』を出しておいでた新谷尚紀氏が間に入られて一冊になったもの。</p> <p>仙台から帰った7日に150冊届いていた。</p> <p>例会は25日だったようだ。</p> <p><strong>1990年8月例会の記事</strong></p> <blockquote> <p>2、研究発表</p> <p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%BE%BB%B3%B6%BF%BB%CB">西山郷史</a>氏によって同著『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CF%A1%C7%A1">蓮如</a>と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%BF%BD%A1">真宗</a>行事』(木耳社、1990年8月、1700円)の研究・編集上の苦心談を語ってもらい、つづいて「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%A1%BD%BB%BB%FB">法住寺</a>縁起について」と題して、配付資料(別紙)にもとづいて、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%BD%C5%D0">能登</a>吼木山<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%A1%BD%BB%BB%FB">法住寺</a>縁起の開創由来を主として発表。その後出席者から活発な質疑が行われた。遠方の会員である同氏の研究姿勢と精力的な調査研究に深い感銘を受けた(豊島)</p> </blockquote> <p> これも驚きだった。例会にどんな人たちが参加してるのだろう?10号あたりまで見てみよう、との気を起こさなかったら、こんなことがあったことは、記憶から消えたままになっていたはずだ。</p> <p>そういえば、かすかな記憶に(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%A1%BD%BB%BB%FB">法住寺</a>の)<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%F2%BB%B3%BF%AE%B6%C4">白山信仰</a>が近世初頭だと思う、と話したとき、日野西さんが平安まで行くんじゃないと言ったことがあった。</p> <p>そんなシーンが現実にあったとは思われず、あれはなんだろう、と思っていたそれが、この会だったのだ。</p> <p>今頃になって、いろんなことがつながりだしている。</p> <p>diaryを見ると、翌日、北陸三県民俗の会が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%A1%B0%E6%B8%A9">福井県</a>立博物館で開催され、発表・シンポをこなしていた。</p> <p> </p>
  99. 今年こそホームページをつくりたい | 新・坊主日記 | 2021/02/20 12:50
    昨年から考えているだけで作れないホームページを今年こそ作りたいと思っています。 お寺のホームページというよりは、個人的でシンプルなページにしたいと思っています。そこにアクセスしたら、毎日の勉強やYouTubeやnoteやインスタグラムや全体が見渡せる自分ディスクトップみたいなのが欲しいです。 でも他の人が訪れてもお寺の様子やスケジュールそしてどういう活動をしているのかパッと分かりやすく、でもやろうと思えば簡単に分かりやすく、深掘りもできるようにしたいなと考えています。 2月中に仮ページを作って、
  100. 春のお彼岸をお勤めします | つれづれ日誌 | 2021/02/20 10:48
     報恩講が終わり、ほっと一息の間にこんな季節になりました。これまでは「寒い寒い」と言っていたものがこれからは「暑い暑い」という時期に変わります。  季節の移ろいは早いものです。考えると人間はいつでも季節の移ろいによって心の状態が変化します。自分で変え...

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